小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

8-5=3

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周りからは....「物凄く仕事熱心な奴だ」と思われていると...思う。

当たり前だ。

そう演出している。

何のために?

よりチャンスを増やすためだ。

何のために?

儲けたいからだ。

 

まさかなぁ....こんな自分が「仕事一色人生」になるとは(笑)

絶対に、”自分の意思”じゃねえな、こりゃ(笑)

まさに「しょうがない」、「しょうがない」の連続で、いつの間にかこうなった(なっている)だけのこと。

実際出かけるのが嫌な朝もあったりするし。

 

大体そんな大それた意欲も向上心も持っていなかったし、目標!とか大志!とか苦手だったし....

むしろ...毎日楽しけりゃいいや...ってなだけだったんだけど....

ちょっぴりだけある正義感とか責任感で、こんなハメになってしまったんだろうなぁ...

 

なので、当初予定していた(予感していた)人生とは全く違っている(笑)

が、ま、後悔しても仕方がないし、後悔?というものも無いようにも思う。

というか自分自身で意外な人生を歩んでいるように思う時もある。

 

ただ...小さな無欲の頃は、公営プールから出てきた出口の屋台のおでんのちくわで十分喜びだったんだけど...

そうはいかなくなってもいる。

「理想の小学校を開校したい」かのような大それた目標はないものの、なんならおでんは「鍋ごと」に、

いやいやおでん以外の食べ物も。

どのみち仕事に時間を奪われるなら、せめて買い物ぐらいは好きなモノを、と。

多少贅沢を考えるようになっている。

 

いや、そういうところでさえ、仕事に関連付けようとしてしまう。

どのみち仕事から逃れられないから、どのみち時間を割かなきゃいけないのなら、

仕事から関連するもので、派生するもので、満足をかなえたいよな。と。

 

が...どんなことでもそうなんだろうけど....ある程度のところまでくると急に伸び悩む。

いわゆる「壁」にぶち当たる。


やっぱ能力にも、運にも、時期にも、限界というものがあるんだろう。

そして....一旦「壁」が現れると、やっぱりそこらあたりに「限界点」があるのか?

超えても「壁」、超えても「壁」...

なんなら...毎日毎度「壁」を感じるようになったりする。

ずっとそんな状態になってくると....

その「壁」が一体何なのか?

その「壁」のムコウには一体何があるのか?

その「壁」のムコウにどうして行きたいのか?そもそも行くべきなのか?

ちょっとぐらい休んでみちゃだめなのか?

少しサボっちゃいけないのか?

仕事中心じゃない生活の奴も居るじゃないか?

....等々...自分でもわからなくなってくる。わけだ。

なにしろ大志あって目指してきた道じゃないので(笑)

 

本当の本心は、「仕事をするのが嫌」なのかもしれない(笑)

が、生活してゆくのには金が必要なので、その金を得るために、嫌でも働かなきゃならんのも現実。

嫌だから....○年計画...とか言っちゃって、「努力もそこまで!」ってことにしておきたいんだろうなぁ...

一応今回の5ヶ年計画ももう少しで2年経過する。

残すところあと3年か。

 

でも...多分、あと3年経つと....

....次の「5ヶ年計画」始まってたりするような予感が....

 

ってことは少なくとも8年は頑張らないと....

って、考えていると8年も頑張らなきゃいけないのは嫌なので、とりあえず「あと3年」にしておこう、ということになる。

 

こんなことの繰り返しだ。

 

ひょっとして第四コーナー回ってる?

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ま、なんやかんや言っても、”仕事第一”となってしまうのだ。

好きとか嫌いとかを言うレベルにもない。

今の家庭生活を明日も、来月も、来年も、続けようと思うなら....”仕事第二”では、成せない仕事に就いている。

それだけのこと。

 

大学卒業と同時に就職して、出世さえ望まなければ、仕事第二でもやっていける職業もあるとは聞く。

が、今更転職するわけでもないそんなものと比較してもどうしようもない。

転職したって今の仕事を辞めるなら、「もっと働かなきゃならないこと」ぐらいは目に見えている。

真逆だ。

 

なので、これでも最低限度の「仕事第一」ってことなんだろう。

 

遊び人でありながらも...押し寄せる「仕事第一」のウネリに気付き始めたのが12年ぐらい前だろうか?

そして「もう仕事第一にするしかない」と観念したのが、7年ほど前か?

ブログを書き始めた頃に重なる。

...「仕事第一」というスタイルに慣れておらず、不安があったのだろう(笑)

 

が、今はそれも少しは慣れてきた。

服は顕著な違いがある。

私服なんてほとんど買わない。

靴も、鞄も、時計も、ベルトも、シャツも....ほぼ...仕事用しか買わない。

遊び道具はそれまでにたくさん買ってあったので、別に困ることもないし、そもそも滅多に遊びに出かけなくなってもきている。

 

なんか...仕事一色で、ストレスもたまっていそうだが...

一番ストレスがたまるのは....仕事がうまく行かないとき...だと思う。

 

というわけで、買い物も、仕事に関するモノにしているのは、ある意味、それでモチベーション上げて、”仕事”がストレスにならないように防御しているのかもしれない。

無意識のうちに。

 

....もっと若い頃だったら....苦痛だったろうなぁ....こんな生活。

 

気乗りしなかった学校生活でも...3年の終わりも近づいてくると....

ちったぁ頑張っておこうかな?

ってのに....似てるのかな?

問題

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ツイッター大統領も空港毒殺事件も親友学園も俺には全く関係ないのに、追われる毎日だ。

そして追われているのに大して儲かりもしない。

一体何をやっているんだ。

単に空回りしているだけじゃないのか?

 

...なので、本当は、もう少し、立ち止まって考える時じゃないかと思うんだが...

その一環としてのブログさえ書けていない。

また10日も空いてしまった。

さらにはそんな今年も、3月なのか?俺は2カ月何をやっていたのか?

 

そんな俺が「今」考えるべきことは。

と....

朝起きてから...時々...たまに...考えようと...思うんだが....

少し考えようとすると....もう他の用事が....

そんな毎日で2ヶ月が過ぎたということ。

いやあ...昨年もなんだかそうだった気がする。

何時からそうなのか?....

....ま、そんなことを思い出しても仕方が無いだろう。

 

...さらには...

知らぬ間に多少気候も良くなって、元来アウトドア派だった俺の遊びの虫がうずいてくる。

まだ、ちゃんと、考えて、いないのに。

 


今は便利だ。

ブログなんかをやっている”昔の仲間”を見るならば....すぐに羨ましくもなれる...

 

が、実は、案外羨ましく....もない。

”若かりし頃”はその遊び人姿も似合っていた。

なんちゅうか...キムタクでさえ、今となっちゃああのロングバケーションは似合わない。

それが巷のど素人なら....

そういう感想。

 

流石に最近は見ないが、ええ歳こいたオッサンがジーンズの後ろのポケットに鎖のついた財布を入れて....

って、格好良いどころか笑えてしまう...にも、近い。

 

時というものはそういうもんだ。

いつまでも「若さを」なんて言っているのは、いつまでも「赤ん坊のままで居たい」と言っているのとある種同じ。

そりゃあいつまでも「似合う」はずがないってもんだ。

ダースベイダーだって若い奴では似合ってなかった。

 

なので...いつまでも...「過去の栄光(栄光なんか無いとしても)」にすがってちゃいかんのだよ。

 

ゆえの...未来の自分」を見つけていかなきゃならない。

 

その未来....

もう、とても大変そうになっている。

そしてまた、去年、今年と、出来事の多さが示すように、変化の度合いが凄すぎる。

その環境に年老いていく自分をフィットさせていくのはそう簡単なこととは思えない。

そこは、なんだかわかる。

わかるから、遊びたい気持ちを抑えている。

誘惑からは出来る限り目を背けようとしている。

 

自分に言いつける。

遊びどころじゃない。

遊んでいる場合じゃない。

「もっと気楽に生きようぜ」としていた、多くの遊び友達、飲み友達はどうなった?

....そんな....時代だ....ろ?と。

 


四六時中仕事や金のことばかり考えるようになってしまってかえって余裕を失くしてるんじゃないか?

そんな視野じゃあ余計「先」は見えないぞ。

時には気分転換やリフレッシュも必要だぞ。と持ち直してくる。

 

...でも....

よく考えてみるならば....別にさほどに好きで仕事をしているわけでもない。

どうみたってやらなきゃいけないからやっているだけのこと。

別に世の中のためなんかじゃない(表向きじゃそう言うこともあるが)

家族が生活し、一人前になり、不安なく老後が過ごせるように....一円でも多く稼ぐだけのためだけのことだ。

金持ちだったら働かないし、9億円の土地が200万円で手に入るなら働かない。

残念だろうが何だろうが、望んでもそういう地位にはないから働くしかないだけのこと。

考える前にも....

収入を途絶えさせるわけにはいかないので....まずは、「仕事」でしかないというわけなんだぜよ。

 

だから「遊び」にイチャモンつけるしかないわけだ。

そこを認めてしまうなら、何を頑張っているのかと。なるからに。

「遊び」なんてもはや格好の良いものではないんだよ....と、言い聞かせる言い聞かせる。

「遊びの達成」なんかじゃ満たされないんだよ、もう次元が違ってる。

飲み会程度で十分....

と言い聞かせる、言い聞かせる。

 

本心はどうだかわからんが、本心違ったとしても、どうにもならないことだ。

でも....改めて何度確認しても....落ち着いて思考をする時間が無いってのも、結構問題だと思う。

書けない(笑)

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幸福論を奏でるつもりはないんだが....不幸になんかなりたくないし、そりゃ幸福のが良いに決まっている。

が、じゃどうすりゃ、何すりゃ、幸福になれるかなんて具体的な目標があるわけでもない。

せいぜい...不幸になりそうな時には、ちょいと踏ん張る...ぐらいはしてきた...程度の人生だ。

 

つまりは...大方遊んでノンビリと暮らしてきたと思う。

が、そんな自分でも奇異な体験をするってことがあるらしく、珍しく頑張ってりゃ日本一になれるかも?ってな環境に置かれた。

一方、それまでの友人らは、相変わらずそんな歯食いしばってムキになって過ごすのは格好悪いと思っていたようで、そんな境遇に落とされていった?自分をせせら笑っていた。

 

そんなことが5年も続いただろうか?

どっちが上だったのかわからなかったような関係が、歴然とした差になっていた。

競争したわけでもないのに。

 

....とまあ、平たく言えばそういうこと。

もっと言うなら、当たり前だけど、「同じ期間を過ごすのに」「やった方と」「やらなかった方の」差は、倍では済まないということ。

 

そういう体験があったとしても、若かったなら、そう意識も変わらなかったかもしれない。

が、残り少ない(さほどに少ないわけでもないだろうけど)身分と自覚するなら...林先生じゃないけど「いつやるの?」となる。

 

それだけのこと。

そして「やること」に全て結果が伴うわけじゃない。

中にはマイナスに作用することもあったりするし(やってみりゃわかるんだが、世の中そういう皮肉なこともある)。

 

ゆえに試行錯誤して「やっている」ことが続いているだけ。

 

その「試行錯誤」をドン・キホーテのように猪突猛進で挑むってな手法もあるのかもしれないが、小説ではない現実世界じゃあリスクは多過ぎる。

ましてや通常人生は一回しかないし。

ということで「ある程度」考えて進めていきたいんだが...脳の中だけで考える力がないようなので...直接的でなくても、とりあえず「文字にした方がいいかな?」

と、ま、そういうこと。

 

なので、誰のためにも書いていない。

というか、全くもって「自分のために」書いているようなブログを、あえて見ていただいて、なんだか申し訳ないです。ごいさん(笑)

 

でも...このスタイルをあんまり変えるつもりもないんですよ。

ってか、達者な人が多いので、ちょいと影響受けたりして、コソっと真似したりしたときもあるんですが...

続かないというか、やっぱりうまく書けないですね。そういう魂胆だと。

 

で、ここんんところあまり書けないのは、忙しいからです。

5年ほど前から”忙しい”と言っているのに、どんどんと「やること」増やしているから、もっと「忙しくなっている」だけのことです。

ただ、体調を崩すことも多くなって...

それに加えて....やっぱ年齢もあるのかな?...と思うようになっているというわけです。

 

まあ、うまく調節していくしかないのでしょうが....

とりあえずブログを書くよりは「やること」を優先しているので、ブログが書けていないってことは、一生懸命やっている、ということにしておいてください(笑)

 

書くこと

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ブログを書くどころか....メモを取る、予定を書く、ことですら、「神経質だな...」「女みてえだな...」という知人が居るんだが....

頻繁にモノ忘れ、機会の喪失を繰り返すカレを見ていると、そんなぐらいなら予防線として書くことを利用するってのは、むしろ”そんな人”だからこそ必要なようにも思うんだが...

 

たしかに自分のブログを見てみても、文字にしているからかえって回りくどく、ひろがり過ぎて散漫になっていることもあるとは思う。

しかし、頭の中にフラッシュのように現れる思考とは違った、つきまとうような思いってのにも、なんだか重みがあって、そこにもけっこう大事な要素が含まれていると思っている。

 

ま、そんなしちめんどくさいことは置いといて...

そもそも日頃から、消化用メモを基準として行動していることは以前にも何度も書いている。

ひどい場合には、「今日やるべきこと」が240個にもなっていたりもする。

そんなにも...覚えていられるわけがない。

いや、書いていても漏らしてしまう。

なので、書いてなかったら....そりゃ恐ろしいほどに漏らしてしまうだろう。

 

他の人のことは知らない。

ただ、自分の場合がそうなだけ。

自分の能力がそういう次元。

 

ってことはだね。

「先のこと」だって書き出さなきゃ、「忘れてしまうだろうに」ということ。

 

事情があってブログではあまり具体的に書いていないが、それでもなんとなくに自分だけにはわかるように鞭打ったりしている。

日頃このブログでも不平、不満や懺悔や後悔や嘆きを露呈してはいるものの、

実は、その成果は確実にある。

具体的ではないにしろ、「書くこと」で自分に圧力かけられては居るんだろう。

まあ、自分相手とはいえ、カンタンな口約束では済まさないわけだ(笑)

 

だから、本当はちゃんと書いていないといけないんだが....

やること多くなり過ぎちゃって、その消化に追われ、そして体調を崩し、さらにやること溜めてしまって、さらに消化に追われて...

ってな悪循環を今年は三度も循環している。

 

で、なかなかブログに辿り着けなくなっているということだ。

ということは「先のこと」ではなく「日々のこと」に追われてる...

 

ってな状況は、決して充実じゃあない。

んだが...

 

って今回も非常にあわてて書いている。

精神力

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昨年まで、ちょいと資格を取得してたりしてたので、少しばかりは勉強なんざしていた。

残念なことに、本当に、少し、なんだが....

 

そんな際に今は便利なもので、いろいろな試験情報がネットに出ている。

2ちゃんにももちろんあって、そのおかげで一問正解したので馬鹿にならない(笑)

 

が、現役の学生さんなんだろうか?

短期間での合格を非常に誇る人らが居らっしゃる。

 

わからなくもない。

というか、私も現役の学生なら、そこを目指すタイプだろう。

何しろ「勉強本位」が許されるというか、そうでなくてはいけない立場なので、何の批難もされることもないのだし。

 

が、私のような立場になると、勉強時間を作ることだけでも大変だ。

取引先から「徹夜でも仕上げて来い」なんて要求は当たり前。

かといって家事が免除されるわけでもなければ、付き合いもある。

いつの間にか町内の用事って何?

等々...

どれもこれもやりたかないし、あれだけ大っ嫌いだった勉強のがまだマシってなことも少なくない。

 

でも、やらなきゃいけない。

 

それでまだ時間が余るならマシな方で、目一杯使っても足らなかったり、余ったもののバテてしまったり....

 

オッサンの言い訳かもしれない。

が、睡眠時間を4時間ぐらいにするならば、もう少し早く合格できるのかもしれない。

それが出来ないのはやる気が足りないのかもしれない。

 

が、これでも自分の学生の頃よりは、うんと切り盛りして、時間を作りだしていて、自分の余裕を潰しに潰してようやくの30分だったりするわけだ。

 

多分、仕事を持ちながら資格を取ろうとしているような人は大なり小なりこうなんだろう。

さらには独身でもない、子育てもある、残業大時間なんてことならば、一日10分の捻出にも相当無理があったりする。

自分の場合は12月は「ゼロ」で計算しなければやっていけない(本業が)

 

そんな人らは「のろま」なのか?と。

1年で合格する人が居るような資格を3年で取るのはアホだからなのかと。

その資格を取る資格もないのかと。

 

でも正直、自分も、そういうの、3年もかかるのは格好悪いな、と思っていた。

1年で出来る奴居るのに...

だからその手の挑戦はしたこともない。

 

何もかもを犠牲にし、切り捨てるものは切り捨てて、勉強に没頭して最短距離を目指すのも人生なんだろうし、

出来る限りのことを捨てずに、出来る限りのことを大事にし、何年かかるかわからないような挑戦の仕方ってえ人生は、格好悪いもんなのかな?とか。

 

AIってのが登場し、なんだかいつの間にか、人間が否応なしに競争させられそうだ。

つまり、「短期で資格を」のように、出来る限り早く、出来る限り正確に、出来る限り高度に、

じゃなきゃ「AIにも勝てないウスノロかよ」と。

「そんな仕事はAIに取って替わられちまうよ」と。

 

恐らくそうなっていくんだろう。

「その方が儲かる」と判断する奴らが多けりゃ多いほど。

 

これでも競争社会にもまれて来てたのか、いつの間にか、「早さ」「正確さ」「高度さ」...

そんなものが人間の能力だと自分も思うようになっていた。

そこまでの仕事人間でもないと思ってはいたんだが....

 

が、最近話題になることの多いAIの記事を見ていて....

それって「AIに求めることと同じじゃん」と。

「最近ゆとりの無い奴多いよな~」ってゆとりの無い人間求めているのは自分なのに。

 

AIが進歩していくのは悪いことではないんだろうけど...果たして...能力よりも鋼の精神力のAIに人間のファジーな精神力で勝てるのかな?

これでも...

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若い人の、人生相談にまでは至らないが、職業選択、進路選択等について聞かれることが時々ある。

正直ほとんど成り行きで生きてきた自分には答える資格はないし、まともな答えも見つからないので、自分の若い時を思い出してみたりする。

すると...ビックリするぐらいに何も考えていなかった自分を改めて発見したりする...

 

今は...これでも、たまたまの運もあったんだろう。

同窓会なんかにも出ちゃったりして...

人並みの暮らしをしているような...気になっている。

だからこそ、もうちょっと欲が出ちゃったりして、他の進路だったら、他の大学だったら、他の就職地だったら....

もっと良かったりして....

な~んて都合の良い妄想に至ることもある。

 

が、このような機会に昔の自分を思い出すと...

 

のたうちまわっていた青春時代はどうだ?

今のような未来が想像できていたか?

いやあ...出来なかった。

普通の結婚や子育てすら有り得ないかもしれない...ぐらいに思っていたし....

ってことを思い出す。

 

つまり....自惚れるのはもちろん愚かなことだが...「もっと上を、さらに上を」ってな向上心は一見聞こえは良いものの...

そりゃあ際限ない欲望でもあるんじゃないかと...

 

難しいところだね。

難しいことなんだろう。

今に満足しててもいけないし、今に不満でもいけないし...

 

ただ...こうやって”昔”を思い出すと...

日頃文句ばっか言っている”今”は十分に幸せな日々のような気がしてきた(笑)

 

ま、あんまり変っていないというか、いまだにわかっていないというか...

目標とか進路とか具体的に設定するのが(真面目に考えるのが)苦手なんだろう。

クラーク先生には申し訳ないんだが、大志が抱けないようだ...

 

んなことよりも、目の前の問題をともかく片付けないと....

てっな、せせこましい目標しか持てなかったんだろう。

今もまだそうだ。

先週も仕事をたくさん残した。

さあ...嫌だけど...今からやるしかない...かな?(笑)...(苦笑)....(辛笑).....