小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

ま、ともかく

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ともかく...久し振り、になる。

 

ブログを書いている暇がなかったし、そういう場合じゃなかった。

って言うとブログを書き続けている人には失礼なんだろう...が、4か月近くになる。

 

人の命の危機と仕事が無くなる危機でどんだけ金が要ったか。

という話だ。

これまでも、そういう見解については話してきたつもりなので、今更言う気もない。

ただ、けっこうシビアな尺度を持っていた自分でさえ、資本主義のこの社会では相当に力不足だと改めて(わかっていたが)思わされた。

 

以前ににコメントで言われた。

「共感して欲しいから言うんでしょ」と。

ブログなんざ書いてる時点で否定する身分じゃあないんだろうが...悪いが、やっぱ違う。

この4カ月も誰にも相談していない。

孤独なんじゃない。

「いつでも、何でも言ってよね」と言う。

それが優しい人のように言う。

でも...

「じゃ、必要なだけのお金を....」

って...そういう優しさをあえて口にする奴ほど「現実では応えられねーだろ」

 

別にスネているわけじゃない。

金を恵んでもらおうとも思ってない。

だから全部自分でやりきろうと思ってるし、それでいいだろと思っている。

が、誰にも頼らず頑張ろうと模索している渦中に...

「世の中そんな人達ばかりじゃないのよ」と人に教えようとするなんざぁ...、どんだけ夢の中で生活してんだと。

 

今回の件でも自分がしくじったことは一つもない。

でも...不本意だろうが、責任なかろうが、自分が支えるハメにならなきゃならい時ってあるだろうに。

 

だから...

「共感」なんかもともと求めているわけがねーだろ、ということ。

 


学校教育に従順な人や日テレの大袈裟なボランティア特番が好きな人は「みんな一緒に」とか「思いは通じる」とか好きなんだろうけど...

いつまで「言葉」とか「優しさ」とか言ってんだ。

一度「ちっとも優しくはないんだけど...とりあえず10億円あればいいかな?」とか言ってみろよ、優しさ第一の人は。

 

自分の能力の足らない部分を、

しんどくて頑張りたくない部分を、

「優しい人間だから許してね」ってことなのか?

 

優しい?大人が守ってくれる「囲いのある教育施設」で現実の厳しさや通用しなささを”自分で”解決してこなかったヤツの言える特権だろうな。

 

ま、いいや。

じゃ、なんでブログを再開したのかって...

自分のモチベーションの維持と日々自分に宣言するためだ。

自分だけは誤魔化せないだろ。

誤魔化したくないだろ。

 

ま、各自が「きれいに」生きる信条なのは自由なんだが、他人にまでその「定規」を当てはめるなって、

何もかもを知っているかのように。

 

”共感”を誰しも欲しがっていると思う想像力がもう本当に気持ち悪い。

些少な経験で悪いが、本当にピンチの時に、そういうヤツに限っていつしか周りには居ない。

 

ま、ショックでもなんでもない。

「口先だけ」なのでそんなもの。

ほら、言うだろ

「気持ちだけなんですけど」

本当にそうだ。

 

ま、ブログを書くモチベーション自体も低いんで、こんなことぐらいかな今日は。

あんまり続けられないような予感はするな(笑)