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魔の手

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少し...わかったことがあって...

それは...「タバコを吸いたくなる時」なんだけど...

禁煙に多少慣れてくると...

予想していた「ルーティーン上の喫煙」ではなかったりする。

 

いや、当初はそうだった。

「寝起き」「食後」「飲酒中」「コーヒータイム」...

タバコと共にあった時間から「タバコ」が消えてしまえば、やはり物足りない。

落ち着いたルーティーンにポッカリ穴が空いたという精神的な欠如感が案外あったというべきか?

いや、それさえも専門家らは「ニコチン」とか「中毒症状」と言うんだろうが、本人はちょと違う気がする。

いや、してきた。

 

今はもう、そのルーティーンで吸いたいと思うことがあまりなくなったからだ。

かといって吸いたい気持ちが起こらないわけじゃない。

むしろ「吸いたい気持ち」は突然沸き上がる。

 

それは....けっこうふん詰まった時だ。

いや、うまい表現が見つからないんだが...困った時?悩んだ時?煮詰まった時?気乗りしない時?妙な間が空いた時?...

シーンで言うなら「あ~あ」とため息ついて空を見上げたいような時...かな?

これもハッキリしないんだが...

そんな時に「異常に」吸いたくなる。

 

今年は特にいろいろとうまくいってないので、毎日そんな瞬間が訪れる。

だからいっこうに「タバコを忘れた一日」もやってこないんだが、むしろ「精神的な依存」はここにあるんじゃないか?と思ったりしている。

 

そこまで大袈裟なもんじゃないが、つまり「辛い時の緩和剤」「つまらない時の柔和剤」「退屈な時のお友達」...にタバコってなっていたのか?と。

なので、ルーティーンが変ってしまえば、それにはやがて慣れてしまい、必要性も感じなくなっていても、もっと強い精神的結び付きがあったのかしらん...などと。

 

専門家じゃないので、確証たる意見じゃないが、だから禁煙って何年経っても再開しやすいのかと思ったりした。

そう「吸ってしまった」という罪悪感よりも、「久し振りに会えた友達」が妙に嬉しいように...

 

ここだろな、多分キーポイントは。

というか魔の手は。