小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

勉強やめてみて

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ということで....

ともかく日課から勉強だけを外している。

もう一月以上になる。

 

が、起床時間も就寝時間も変わらない。

出勤時刻も帰宅時刻も変わらない。

 

そういうことだった。

もともと勉強できるような余裕の無い生活だったところを、たまたま無理してみた。

でも、やっぱりそれは無理だったということ。

 

まあ、良い。資格2つ取れたし。

 

ただ...妙なクセが身に付いた。

ついつい....全部ノルマを消化しないといけないように焦るクセだ。

”肝心の”仕事だって、もうちょっと手を抜いている奴も多い中、けっこう細部まで、時間もかけてやっている。

そりゃここが本道なので崩すわけにはいかないし...

...の上にトレーニング、の上に庭の手入れ、の上に勉強、の上に付き合い、の上に.....

って、そりゃあ全部やるのはもともと無理ってもんだった。

 

が、できうる限り全部やるぞ、としていたので、それぞれを圧縮するしかない、と。

 

なので、勉強一つを外したぐらいじゃ、それぞれに少し余裕が出るぐらいなので、毎日の生活に大した変わりはないということ。

 

...しかし...この余裕は、”暇”ではないし、悪いもんじゃないな、と思えてきているということ。

仕事も、もう一歩積極的になれるし、多分、無意識にも丁寧になったりしているんだろう。

仕事の手ごたえが悪くない。

プライベートな付き合いも、イラっとしたり面倒臭がらなくなっているような気がする。

顕著なのは”対人関係”か?

なんせ、いつも急いでいるので、急な事態や予定外の事態を歓迎することがなかった。

その”おかげ”で「ノルマが果たせなくなってしまう」ことが脳裏に浮かんでいたからだ。

 

いわば無意識のうちにも「ノルマ第一主義」に支配された三年間だった、ということなんだろう。

 

さあ、この先どうしていくのかはまだ具体的な計画があるわけじゃない。

ただ、気が付けば「次の五カ年計画」のうち、いつしかもう二年が過ぎようとしている。

”目標達成”のためにあと三年しかないということ。

 

そして....これは”目標”というよりも、大きな転機がその後、今から三年後か、三年半後に来るような予感がしてきたこと。

まとめて言えば、大体三年後には今と違った生活をしなきゃいけなくなるかのような予感....

 

ということは、よりこれからの三年間は大事ということなんだろうから....

余分な勉強?というのは、ある意味、その後の人生の邪魔になっていたのかもしれない....のかな?

 

まあ、いいや、いろいろな意味で、本当に余裕が生まれたなら、また再開するってな手もあるし。

 

さあ、今からトレーニングで、その後飲み会。

ちっともゆっくり出来ていないが、勉強していた頃よりは、多少なりとも気をつけながら(考えながら)行動できているような....

気はしている。