「わらしべ長者」は「成金サクセスストーリー」のように理解されるのが一般的で、
そこからすると傍流の理解かもしれないが....
例え枯藁のように役に立つことが想像できないものからであったとしても.....
「スタートするからこそ事は始まる」
ってな見方での共感は得ている。
最近の流行で言うなら例え易いのはソロキャンプだろうか?
事前の計画、事前の調査、用具をバッチリ揃えてからの......
登場は後悔の無い成功になる確率は高いのだろうけど....
準備や構想で時間を費やし....結局出かけない....になるならば....
それは「体験しなかった」ということ。
仮に寝袋一丁でも「出かけてしまった方が」事態は進んで行くように....
「体験すること」と「しないこと」の差はどれだけ大きいことか。
ダイエットのためにジョギングを開始してからちょうど20年になる。
「さあ痩せるぞ」と意気込んで始めたわけでもない。
「暇だったから」.....に極めて近い.....と思う。
用具も何も購入せずに、普通のスニーカーでふらっと走り出しただけのことだ。
大体に本人からして「続く」という気もしていなかったと思う。
「モチベーションなきスタート」
そんな程度だった。
一日ごとの成長とか違いとかなんて感じられるはずがない。
が、20年経ってみるとはっきりわかる。
そこが人生の分岐点になっている。
きっと都度都度様々な決断は下したんだろうけど....
むしろ今から総じて見るならば....
山から石が転がりだした感じ?
哀しいかな長者にも大物にもなれなかったけど....
山でじっとしているよりは、色々な体験できたのかしらん。
別に市民ランナーになっているわけでもない。
ただ...あそこで走り出していなかったら.....
多分、今頃、いろいろな意味で死んでいる。
決して大袈裟じゃない。
思い当たるフシは山ほどある。
「大志」を持たなかった自分はクラーク先生なら落第生なんだろう....
けれど、そんな落第生が、藁程度の意志であったとしても....
ともかく考えているだけではなく....「始めた」ことで....
「人生は大きく変わるんだ」ってことは....
体験しているんだ....と思う。
この3年ほどの堂々巡り感からの....
突如の二足目のワラジ生活開始もまあ、その延長にあるわけで....
バンジージャンプの経験は無いんだが....
怖いながらもフラっと踏み出してしまう感覚ってのは....
そう。
「やるか?やらないか?」
だったなら....
「やる」って言ってしまう感覚だ。