小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

サグラダ・ファミリア

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単に語呂が面白いから話題になるんだろうと思っていたんだけど...

完成してしまいそうになって...

「なんだか残念...」

な気持ちが沸くのは何故?

 

というところで初めてこの価値に気が付いた気がする。

 

完成すりゃいいってもんじゃないか...とか。

 

道半ば...

ってよく聞く。

 

いかにも「途中で終わってしまって...残念」というニュアンスが伝わるんだが...

「”道半ば”が最高潮!」...ってことはないのだろうか?

「”道半ば”こそが充実している」...ことはないのだろうか?

 

一旦「ゴール」を終えたあと

再び競技場に連れ出されたような

自分は

ある意味

一瞬「完成」を味わったつもりなものが...「未完成」に舞い戻ってしまうという臨死体験のような生活になっているわけなんだが...

 

不思議なことに「疑似完成」の前の「未完成状態」は不安感の方が大きくて気が付いていなかったんだけど...

完成を疑似体験して舞い戻ってみれば....

「未完成状態」でいることは...

ささいであっても...

「この先に”楽しみ”も残してある」ということでもあるのか?

少なくとも...

不安で不幸な時間ではないかな?ぐらいにはなっている。

 

結果最重視論者の自分が言うのは可笑しいんだけど...

実は案外...「結果を出すまで」...が面白いのかも。

 


ん?ってことはだね...

サグラダ・ファミリアって...

「永遠に未完成状態を維持する」ことが...「完成」なのかと...

 

まあガウディぐらいにもなればそれぐらいヒネくれているんだろう(笑)

落書き王バンクシーの例のオークションシュレッダー作品もその仲間なのかな?

 

なんだか完成を誇らしげに掲げる人間への

あてつけ

のようにも見える(笑)

 

その辺は私が「大志を掲げる」を嫌うにも似ているのか?