格好つけの大切さ

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さほど用事が多いとも思えないんだが、相変わらずノンビリしている暇はなく、何かと追われている。

この7年間ほど、ずっとこんな調子だ。

暇じゃないので退屈することはないけれど...なんだかいつも慌てている。

なぜかしら急いでいる。

少しでも早くしなきゃと焦っている。

 

もちろんそれが”普通の状態”なので、特別意識もしないんだが...

こうして文章にしてみると....そんなんで....

落ち着いた考え方が出来るのか?

良い考えが浮かぶのか?

いい加減な処理しかしてないんじゃないのか?

という疑念も出てくる。

 

もちろん、そうはならないように気をつけてはいるつもりだが...

否定はできないだろうなぁ...

 

”混沌と”というよりは、何もかもがカブっているので、というか同時進行が多くなっているので、片付けがままならなくなっている。

いや、準備もいい加減になってくる。

 

一応体裁気をつけなきゃいけない仕事なんで、それなりの服装は最低限気を付けるようにはしているけど...

パンツがいい加減、靴下がいい加減、ってな”見えなきゃま、いいか”ってな具合になる。

 

が、これは多分服装に限った話じゃない。

こうなっているときは、多分、他のことも”見えてなきゃま、いいか”になっているんだろう。

十二分に思い当たる。

 

本人、我武者羅に、焦りつつも、それでも充実も少し感じながら、やっているつもりなんだけど....

ふとした拍子にビルのガラスに映った自分の姿は、髪の毛ボッサボサで異常に焦った顔つきだったり....

せっかくのスリムなスラックスのポケットが荷物でパンパンで、スリムの意味がなんもなかったり....

あれやこれやと同時に出来るはずもないぐらいに荷物を持ち過ぎて、休憩しなきゃ動けないほどになっていたり....

 

するわけだ。

 

で、そんな自分を発見したときには、毎度のように思う。

 

随分格好悪くなっている。

と。

 

別に容姿も良かないし、格好良いような能力もないけれど....

考えてみりゃあ、暇を作らないために、「さらに格好悪く見せている」ようなものになっている。

あえて「格好悪く」なろうとしているようでもある。

 

夏は特にそう。

暑いので、もう細かなことまで気をつけることが面倒臭くなっているんだろう。

いろいろなことが「ま、いいか」で、フト気が付いたときには、随分とだらしなくなっている。

 

今、そんなところ。

 

そして、そんな時は、とりあえず、下着から靴下までケチらず、パリっとした服装をし、荷物を最小限にする。

下地素材は格好良かない人間だが、それでも格好をつけてみる、というわけ。

 

”リセット”にはなるんだろうか?

無駄な抵抗なんだろうか?

答えはわかっちゃいないけど....

 

とりあえず、これ以上だらしなくなるのは阻止したいかと。