緊箍児

小舟から...鉄の斧...そして...

エメット・ブラウン

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なんだかタイトルのつながりも全然なくなってきてしまっているんだけど...

ま、いいか...

その時の心情を正直に綴ってれば...

 


実は...今回のゴールは奇遇なほどに...

38年前に意識した日時と重なった。

 

「好きな映画は?」の問いには


スターウォーズ」「インディージョーンズ」「バックトゥザフューチャー」

と言うことに決めている。

ちなみにどうでもよかろうが、好きなドラマは「傷だらけの天使」好きなアニメは「あしたのジョー」だ。

 

そういった類で憧れるのは

「赤髪のシャンクス」なんだけれども...残念ながらそこまで恰好良かないし、覇気もない(笑)

 

なので師匠と仰いでいるのは...

ヨーダとエメット・ブラウン(ドク)だ。

 

自分の成長は「自分で意識しなきゃ始まらない」と気が付いてから、最初に「この人(?)なのか?」と思ったのがヨーダ

世界中に私のような信望者が居るらしい(笑)

が、WARSの最中ではないので、その教えは現実社会とは乖離し過ぎていて...(大丈夫か?アイツ?)のようになることも少なくないことは予想される。

 

そういった際の補充的教えがエメット・ブラウンにはある。

なんせ絶対に諦めない。

人の目も気にしない。

年齢も関係ない。

時代さえも関係ない。

すべては「結果を出すこと」に集中している。

 

エメット・ブラウン氏に言わせるなら...今回の私のゴールは...

「マーティー、1日しかずれていないぞ!」だ。

 

第三話のエンディング間近まで、そんなエメットブラウンは好きなご婦人のために”過去”に残った...もんだと思っていたらば...

とんでもない登場の仕方で未来(現在)のマーティの前に現れた。

 

感動なのか?お笑いなのか?衝撃なのか?

あんなワケのわからない涙が出たのはそれ以前もそれ以来もない。

 


エメット・ブラウンには終わりがない。

というか彼自身は「静かで落ち着いた生活」を望んでいるようなのだが...

神の思し召しというかマーティが現れて...

いつも大騒動だ(笑)

 

憧れが過ぎるんだろうか...

「ゴール」したはずなのに...

一月も経たずに...

もう「ゴール」といった人生じゃあなくなっている。

 

なんとなく...そうなんだろうな、どうせ。

とは思っていたけど。

 

少しは家に居るのかな?

と期待した?

家族は呆れている(笑)

郷愁

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なんだか懐かしいものが出てきた(笑)

 

当時は...あまりにもの遠景に...

「もっと近くで撮れや!」

とおいでやす小田のようにツッコんでいたんだが....

”顔が見えない”のでなかなか使える(笑)

 

最後に出かけたのは5、6年前か?

嫌いになったとか、出来なくなったから、ではなく、忙しさにかまけて出かけなくなってしまったままのこと。

なので...用具はしっかり残っている。

 

いつかまた行ける日がやってくるだろうとも思っていた。

思っていたから用具の処分もしていないんだが...

2,3年前ぐらいから...(もう、やらないかもしれないな...)とは思えてきている。

 

実は日頃のトレーニングはこの復活のためで、「急に行く羽目になっても」大丈夫なようにカラダに鞭を入れてきたというわけ。

何も運動していない日常で出来ることじゃない。

 

復活するなら「セカンドステージから」と目論んではいたんだが...

”よもやの展開”で、ファーストステージよりも暇がなくなっている。

いずれは落ち着くだろうと思うんだけれども...

 

それよりもなによりも...あれだけ好きだったのに...

あれだけ夢中になっていたのに...

何十年と続けていたのに...

 

妙に「他人事」なのだ。

感覚が。

本人とて不思議なぐらいに。

 

BIG WEDNESDAY という映画を見て即始めた(笑)

その映画の主人公達も「いつかやめる?なんてことがあるはずがない」と燃え盛っていたんだが...

一人、二人と海から遠ざかって行く。

いつまでも遊んでいられないから。

「それが”大人になる”ということだ。」...のようなセリフがあったような、なかったような...

 

BIG WEDNESDAY の主役たちに比べたら、これでも随分長めに楽しませてもらった方だろう。

それだけでも十分に幸せなこと。

 

熱くなれていた時代は、仕事にお金を使うなんてことは考えられなかった。

ウエットスーツは高級なモノにこだわっても、日常のスーツは安物で十分と思っていた。

いやそれは、ウエットスーツは似合ってもビジネススーツは...「どうせ似合わないから」の思いの表れだったようにも思う。

 

ん?

今はそういえば...多分ウエットスーツはもう...全然可笑しいだろうなぁ...

なんだか残念だけれども...多分...いや...絶対に、そうだろう(笑)

 

ビジネススーツとて、「恰好いいわけ」はないのだろうけど...

それに比べれば、

か?

 

月日は過ぎ、歳を取った

ということ。

 

生き物に無限や永遠はない。

追い風を見つける

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「神の思し召しⅡ」でも書いたんだが...

「逆風にも逆らって生きる」

は立派なんだろうけど...

自分はそれを”捨てる”ように”努力”している。

そしてそれは決して...「頑張らないことでは...ない」とも言い聞かせている。

 

これも書いたが以前はしっかり逆らっていた。

いや、「抗う道」をあえて選択していたフシすらある。

なんだか勇ましく恰好が良いようで。

 

でも...それはある種「目的をはき違えている」行動だと思うようになった。

確かに逆風に抗いながら進もうとする様は「かっこいい」のかもしれないけど...

その結果が「疲れ果てての野垂れ死に」ならどうだろう?

さらには...多くの仲間や友人をも「道連れにしている」のならどうなんだろう?

独りよがりの自爆行為に罪もない人を「巻き込んでいる」...にはならないのだろうか?

 

逆風の中で1mしか進めなかった努力を順風において試してみるなら...

10倍も20倍も進むことを実感することもある。

 

もちろんそんなにもうまく行くことばかりじゃないが、物理的は「当たり前」のことだ。

風速30mの中で逆らって歩いてみれば誰にでも実感できる。

ましてやそこで「人間の造り出した道具の便利さ」なんて過信して傘なんざさした日には...

 

「融通が利かない」というのも愚かなものなのだ。

 

池江里佳子さんのように逆強でも力を出せる人は素晴らしい!

が、自分は彼女のように強くもなければ立派でもない。

黒板五郎は好きだけど...

現実の世界で彼を目指して果たして周囲は幸せになれるのか?

ということでもある。

 

なんでもいいのだ。

認められるなら。

なんでもいいのだ。

需要があるなら。

「私には水泳しかありません」

と恰好の良いこと言いたいんだけれども

そんなもの凡人には一つもないのだ。

 

だから...

追い風をみつけたならば

ビックリするほどに転換してでも

即座にその追い風に乗って進めばいい

と思っているのだ。

その「追い風」の方が自分の能力よりもはるかに世間に通じる力があると思うから。

 

う~ん。

やっぱりかつては己の力を過信していたな。

逆風でも自分の力の方が”勝つ”と思っていたんだから。

行動

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「考える」ということが大切なことだということぐらいは知っている。

 

”作戦”と言ってしまうと小賢しく聞こえるんだけれども...

それも”不要”とは言えないものだと思っている。

 

だから...若い頃は...行動に移す前に...よく考えた。

考えに考えていた。

 

のクセして...カッとなったりすると...せっかく”考えに考えていたこと”を台無しにしてしまうほどに激高したりして...

辻褄も合わなかったんだが...

 

それよりも間違っていたんだろうと思えるのは...

考えに考えていたから...

「スタートが遅れていた」もしくは「スタートが出来なかった」だ。

 

毎日帯同させているA4コピー紙には「今日やるべきこと」「今日やった方が良いこと」が書いてある。

そのメモは大体1枚につき50件。

ヒドい場合にはそれが6枚にもなってしまう。

つまり...「今日やるべきこと」が300件ある日があるということだ。

 

そんなにもやれるはずがない。

大体10件。

せいぜい20件。人力と個人ならそんな程度。

 

とある心療内科の先生に

「やることが多すぎてスムーズな思考の邪魔をしている。是非とも面倒臭くても書き出してそれぞれの必要度を冷静に検討することをお勧めする。」

と教えてもらい...

必要度に応じた表を毎日こさえるようにしてみたんだが...

 

そんな面倒なこと毎日出来るわけがない(笑)

 

ってことで、そこから変化したのが今のメモ。

A4コピー紙なら大体何処にでもあるので、すかさず増刷も可能。

長辺を4つに折り、短辺を2つに折って用紙はすぐにも完成する。

一行に12から13項目。

1枚で約50項目。

薄っぺらいので4,5枚あってもポケットにも楽に入る。

 

...そこまでは良い。

が、メモを書くのが達成じゃない。

そこに書いてあることを「やってしまう」ことが達成だ。

多く溜まってしまうなら300件もある中で...

せいぜい片付けられるのは...

一日大体10件。

せいぜい20件。

だから、もう、その時点からは...

「考えている暇はない」

 

毎日...

「やれるだけやる」

のだ。

書いてあることを「「やれるだけやって」晩酌時ににやにやと赤ペンで消していくのだ。

思ったよりも消化出来た時なんざ、残りの件数が少なくなって2枚を1枚に転記出来たりもすると...

ややほくそ笑んでお酒も進むのだ(笑)

 

こんな毎日なので...

大体...

「思いっきりやった」

で寝ている。

 

いや...最近はもう歳のせいか...

全部済ませる前から眠気に襲われ...

完了せずに眠っていたりもするぐらい。

 

若い頃...

「考えること」をあまりにも重要視していたのは...

幼稚な自惚れもあったんだろう。

計算の結果...「出し惜しみ」にもつながっていたんだろう。

そもそもに...自分程度のこざかしい計算が通用するはずもないのに(笑)

 

さあ一つ消えた。

「ブログを書く」が(笑)

神の思し召しⅡ

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今にして思うなら...

10年ほど前までは”神の思し召し”を無視するかのように生きていた。

いや...

「あえて”逆らう”ように」と言った場合もあるほどに...

 

自信があった...からではなく...

自信がある人間で「ありたかった」というところなんだろう。

 

なので...今振り返るなら...努力の割に結果が出せていなかった。

大袈裟に言うなら七転八倒し、のたうちまわるような努力をしているのに...

その量にふさわしい結果を見ることがなかった。

 

神の思し召しに従うということは...

「自分で決められない人間である」と決めつけて、そんな人間が成功を手に入れられるわけがないと思っていた。

 

が、それは見方を変えるなら...

自信ではなく、自分の判断力へのある種の過信でもあると思いはじめ...

残り少ない人生は、少し神にゆだねても良いのではないかとなったようだ。

 

かなりささいなことまで、なんでもかんでも自分で決めてきた。

それは一見決断力のある行動のようにも思えるのだが...

全てのことを「自分が決めたがる」ということでもあり、ある種の傲慢なことでもある。

 

だから

うまく行くはずもない行動なのかもしれない。

 

神が何処にいるのか?

神が誰なのかはいまだ知ることもない。

 

が、”神の思し召し”に素直に従うということは...

その何処なのか誰なのかさえわからないようなモノの指針を「信用する」ということであり、一見は「いい加減」な決断なようだけれども...

これも見方を変えるなら...

何処の誰かもわからないような指針にも「それもあるかもね」と素直に迎合出来るという「心の広さ」でもあるのかもしれない。

 

だからか...

10年前ぐらいから

自分よりも「何処の誰だかわからない神」の導く方に進むようになって

結果の出ることが多くなっている

 

気がする。

restart

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ゴールはゴールなんだけど...

結果...

「もう10年頑張る」スタート

になっている(笑)

 

「なった」

とは書かないのは...

狙っていた結果ではなく、奇遇が奇遇を呼んだような結果なので...

対応への準備が全然整っていないことと...

10年へのの自信がないことがある。

何しろ...まだ始まったばかりのことなので...

「やったるぜ」よりも「戸惑い」の毎日だからだ(笑)

 

う~ん...でもなんにせよ...

やっぱり予想していた通り...

「ゴールの余韻に浸る時間」はなかった(笑)

 

もう次への準備に追われていたこともあるんだろうけど...

案外目新しいことにのめり込む方か。

”勢い”に乗ってしまい過ぎて

いい歳こいてまた資格取得のテキストなんて買ってしまっている(笑)

 

一体何を目指し、どこへ行こうとしているのやら....

 

自分でもよくわからないんだけど...

多分...「充実感に酔いしれていたいだけ」

のような気もする。

 

ま、「やらない」「やれない」理由を探すことに時間を浪費してしまうよりはマシか....

 

セカンドステージ

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第一幕はよく続いた。

よく続けられた。

 

仕事ばかりの人生じゃなかったので

”遊びを含めて”

になってしまうけど...

 

ならば、常に一生懸命だった。

怠惰には過ごさなかった。

 

その分...

後半に見事なほどのシワ寄せが来て

大変だったけれども

なんとな間に合ったカンジ。

 

なので、100点。

十分。

よくやった。

満足だ。

 

が...それは「ここまで」の話。

 

さあ「ここから」の人生はもう始まっている。

 

第一の人生が100点満点だったので、正直調子に乗っている。

 

うん、それでいい。

どうせコケる時はコケる(笑)

 

そんなに甘くないことは百も承知。

なので十分な準備をしたかったんだけれども...

第一の人生の締めくくりが相当に押して押して...

不十分な準備のまま始まってしまった(笑)

 

今、その渦中で大変。

 

さあ、どうなることやら。

 

大変だけれども不幸感は全くない。

辛いことも含んで...自分に”やるべきこと”

が用意されているということは...

「需要がある」

ということ。

 

年齢も年齢なので...

崩壊しない程度に

応えたい(笑)