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お若いのは若者じゃないから

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そういや先日、ようやくの「君の名は」を見た。

そして....東京タラレバ娘の主題歌の「TOKYO GIRL」のPVも見た。

 

内容の感想はともかくとして....

とっくの昔に、このような光景は「自分には全く似合わない世界」になっていることをハッキリと気が付かされた...かな?

なんだか....それは....最近のモヤモヤと、同じモノじゃないか?というような気もしている。

 

自らフケ込むこともない。

だから若さを維持してゆくというのも悪くないと思う。

が、似合わないほどの”若作り”は格好悪いというよりも、もはや気の毒な様相だと、思い知るべきだと感じたわけだ。

 

感じた...よりも”確信”に近いと思う。

何のためだかわからないが、わからなくても、街の中を走り回って、ともかく明日のためか?未来のためか?恋人のためか?何でも良いのか?

詰まる想いを抱えて、ともかく我武者羅に走り回って、疾走する姿は....

”若い”から美しい。

 

「若さの特権」

なんて言葉がそういやあったが、なくなってみるとわかるもんだ。

残念だが、自分の疾走する姿は、もはや見苦しいというか、痛々しいだろう。

「あのオッサン、もう必死すぎて、なんか、やらかしたんか?」

ぐらいに。

 

たしかに....異常なぐらいの若づくりのファッションや、若者言葉を常に駆使して、若さの追求に妙にポジティブな人も居らっしゃるが....

たしかに「老けては」見えないものの、年齢より若くは見える....かもしれないものの....

確実に「格好悪い」

 

その答えは簡単で、「似合わない」からだ。

 

少しばかり増えすぎてしまっている「努力の選択肢」のうちから一つ、

「そこはもう必要ないって」

もしくは

「もうちょっと違う方向見つけないと」

ってなことになってきたかな?

 

悪いことじゃない。

少し頭の中の整理が進む。

2ch「スタバが満員で帰ろうとした女性 おじさんが一言「どいつもこいつも飲み終わってるだろ!ここはパソコン教室じゃない!」には大笑い

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....というか、本筋ではない解説に感心。

たしかにそうだよな....Mac開いて、薄ひげ生やして、眼鏡かけて、....

って、スタバが「格好良く見せる場」的な人....居るよな、と。

いやいや、批難しているわけじゃない。

実際格好良い人も居るし...

 

やっぱ時代は変わるんだよな、と。

 

トロピカルで山下達郎な時代に育った自分としては、都会にあってもどっか海を、ゲレンデを、彷彿させるようなナウいヤングが格好良いものだとのイメージが残っていただけに....

高層ビルの夜景と二分するような地方生き残り分野もあるだろうと、どこかで信じていたんだが....

ガラガラの、しかも外人だらけに占領されたゲレンデや、ジジイやババァどもばっかになってしまったサーフビーチの「謎」が今ハッキリわかったわ。

 

若者にとって、いやさ、若者ぶりたい者まで含んで、そんな「自然臭い場所」は虫も居るし、潮臭いし、暑いし、寒いし、スマートじゃなくって....嫌なのさ(笑)

 

スマホって言うからスマートを忘れていたが、うまいこと表現したもんだ。

コンパクトパソコンじゃないんだよな。

スマートなんだよ、スマートだからなんだよ、スマートが必然なんだろう。

 

別に、若者ぶりたいわけでもないし、競おうってな魂胆もないんだが...

なんだかズレているような気がしてシックリきていない部分がわかったかな?

 

まさか....眼鏡やパソコンや携帯が「格好をつける道具」になっていて、サーフボードやスノボがダサい道具になり果てるとは(笑)

 

....そういえば....車...もかつては格好つける道具だったけど....

飲み会にゃ使えないし、渋滞も使えないし、長時間駐車の用件にも使えないし....ってことで、けっこう「格好つけられる用件に限って」出番なし、になってないか?

 

まあ、時代が変わってるのか?日本が変わっているのか?進歩しているのか?高度化しているのか?貧乏になっているのか?知らんけど....

「昔とは違う」ことだけは確かだな。

 

なんか....また、たくさん捨てなきゃならないものが出てくるんだろうな。

どうもありがとうMr.ロボット

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ええっ?気絶でもしてたのか?

今回はちょっとばかしインターバル短め、で登場できた、と思ったのに...

それでも一週間以上経っていたとは....

 

さほどに濃厚なスケジュールをこなしているわけじゃあないんだが....

余裕の無い生活なんだろう。

 

気を紛らわす余裕さえない生活は、充実に近いものなのか?と思っていたこともある。

効率良くスケジュールを埋め、さらには、そこに出来たわずかな隙間にも、やれることを見つけ、無駄の無い一日に仕立てること自体が、あたかも人生の目標でもあるような。

 

実際、さほどの目標が達成できる身分だとは思っちゃいない。

いや、その目標とておぼろげ過ぎる。

どこに向かっているのか?どれぐらい出来ているのか?もう無理なのか?

 

多分....その限界線は年々ハッキリしてきている...はずなのに...。

ただ、ただただ、それを認めたくないんだろう。

だから、自分を誤魔化すように、まだやれるんだよな、まだ足は止めてないぞ、少しの可能性でもあれば....

と、気付いていないフリして焚きつけているんだろう。

 

そして多分、こんな生活が出来るのも、もうそれほどの期間ではなくなっているんだろうと....

それもどこかで自認しているんだと思う。

 

ただ....時間のかかる遊びのお誘いは、瞬間的に断ってしまうクセがついている。

他のことが出来なくなるからだ。

出来なくなった他のことは後からでも、溜まっても、やらなきゃいけないと思うのが、億劫だからだ。

ひょっとかして...「緻密なスケジュール消化ロボット化」してないか?オレ?

 

ま、それほどまでではないけれど...

「楽しい用事を見つける」ことより「楽しくない用事でも消化する」ってことに重きを置いた生活だよな。

 


どっか...

おかしいような気もする。

志...低っ

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ちょいと油断しているとすぐにこれだ。

また、更新忘れている(笑)

なので、前に書いた文章もスッカリ忘れているので、つながらないどころか、自己反駁しちゃってるかもしれない。

ま、しょうがない。

 


しょうがないと言えば、昔からの「目標の低さ」がある。

いや、正確には「志の低さ」か?

につれての「目標の低さ」になるだろうから、あちらこちらに散らばった「目標」はどれもこれも「低いもの」だらけでやってきている。

ただ...数だけ多いので、「やりきれていない」だけのこと。

 


わざとそうしているわけじゃない。

魂胆があるわけでもなし、ポリシーがあるわけでもない。

むしろ...ごく自然に...だ。

 


親も学校の先生も、大きな事を言っていた気がする。

「将来は?」「夢は?」「目標は?」

 

伝記?というのかな?そんなものもけっこう読んだ。

スポーツ番組や映画も。

 

が、今で言うなら、そこに居ただろう当時の錦織やイチローや、小泉進次郎桑田佳祐さんのように「なりたい」と思う願望がなかった。

いや、孫正義にも、もちろん村上春樹にも。

 

どうしてだか、そんなものはわからない。

ただ、そうだった、ということだけだから。

「金持ちのがいいな」とか「世界のアチコチに出かけてみたい」...のような漠然とした願望ぐらいはあったが、決して具体的ではないので、”そのために”何かをしてみよう...とはならなかった。

 

むしろ...「斜に構えること」に憧れ、それが心地良かった。

萩原健一ではなく、木暮修が好きだった。

プロデビューする前のチンピラ矢吹丈が好きだった。

 

ぐうたら....ではなかったと思うが、「遠くの目標」やら「高い目標」は持っていなかったので、「何のために」と言われるなら、「日々の暮らしを快適なものにするため」ぐらいの頑張りだったと思う。

A...よりは、Bのがマシかな?...ぐらいの。

 

つまり...多分...他人から見たらば....「どっちでもいい」ぐらいのこだわりなので、志は異常なほどに「低かった」のかもしれない。

あまりにも「低い」ので、それはもう「志」とは呼べず、次の日には変わっていたり、一カ月もするなら「どうでもよくなっていた」ものも多数あったんだろう。

 

そうなると...一貫した「信念」やら「目標」なんて無いわけで、ざっくり言うなら「行きあたりバッタリ」の人生と言っても過言じゃない。かな?

 

そんなもんだったと思う。

良く言や「変化すること」に躊躇はしないが、頑なさはない。

従って「長い道のりを歩んでゆく」という覚悟もない。

覚悟もないまま社会に飛び出たので、あっちにはじかれ、こっちにド突かれ、そっちに押され....と、余計に「どこに向かっているんだろう」の人生だ。

 

小さな頃に先生や親の言うことよく聞いて、ちゃんとした「大きな目標」持っときゃ良かったかな?ともよく思う。

「これだ!」というもの見つけて、ひたすらそれに尽力してこりゃ違った人生だったかも、とかも思ったりする。

「この道一本」ってのを見つけて成功している奴を見ると、俺もそんなんあったら違った人生だったかな?とか思うこともある。

 

が、それができない性質だったんだろうし、気質だったんだろうし、環境だったんだろうし...というま、そういうのを「運命」って言うのかな?ってことだ。

 

なので、いい歳こいても、あまり変わっていない。

相変わらず「志」は低い。

身の回りにあること、起ることを片付け、眼の前にあること、起ることに対処する。

それでさえやりきれず一日が終わってしまう。.....

 

そんな人生だ。

 

 

哀しくもなく楽しくもないが、淡々とそんな人生だと思う。

それで、普通だ。と思っている。

 


ただ...

だからといっちゃ横柄だが

目の前の事も片付けられないのに、大きなことホザいている奴は嫌いだ。

何の目標のためだか知らんが、嘘の上塗り答弁繰り返しているような....

 

そんな人生ではないから、志は低かっても大して問題じゃないだろ、とは思うかな?

 

そんなことより三連休はやっぱり助かったな。

ようやく「スタートライン」に戻ってきたカンジになってきた。

どんだけ遅れとるっちゅうねん(笑)

8-5=3

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周りからは....「物凄く仕事熱心な奴だ」と思われていると...思う。

当たり前だ。

そう演出している。

何のために?

よりチャンスを増やすためだ。

何のために?

儲けたいからだ。

 

まさかなぁ....こんな自分が「仕事一色人生」になるとは(笑)

絶対に、”自分の意思”じゃねえな、こりゃ(笑)

まさに「しょうがない」、「しょうがない」の連続で、いつの間にかこうなった(なっている)だけのこと。

実際出かけるのが嫌な朝もあったりするし。

 

大体そんな大それた意欲も向上心も持っていなかったし、目標!とか大志!とか苦手だったし....

むしろ...毎日楽しけりゃいいや...ってなだけだったんだけど....

ちょっぴりだけある正義感とか責任感で、こんなハメになってしまったんだろうなぁ...

 

なので、当初予定していた(予感していた)人生とは全く違っている(笑)

が、ま、後悔しても仕方がないし、後悔?というものも無いようにも思う。

というか自分自身で意外な人生を歩んでいるように思う時もある。

 

ただ...小さな無欲の頃は、公営プールから出てきた出口の屋台のおでんのちくわで十分喜びだったんだけど...

そうはいかなくなってもいる。

「理想の小学校を開校したい」かのような大それた目標はないものの、なんならおでんは「鍋ごと」に、

いやいやおでん以外の食べ物も。

どのみち仕事に時間を奪われるなら、せめて買い物ぐらいは好きなモノを、と。

多少贅沢を考えるようになっている。

 

いや、そういうところでさえ、仕事に関連付けようとしてしまう。

どのみち仕事から逃れられないから、どのみち時間を割かなきゃいけないのなら、

仕事から関連するもので、派生するもので、満足をかなえたいよな。と。

 

が...どんなことでもそうなんだろうけど....ある程度のところまでくると急に伸び悩む。

いわゆる「壁」にぶち当たる。


やっぱ能力にも、運にも、時期にも、限界というものがあるんだろう。

そして....一旦「壁」が現れると、やっぱりそこらあたりに「限界点」があるのか?

超えても「壁」、超えても「壁」...

なんなら...毎日毎度「壁」を感じるようになったりする。

ずっとそんな状態になってくると....

その「壁」が一体何なのか?

その「壁」のムコウには一体何があるのか?

その「壁」のムコウにどうして行きたいのか?そもそも行くべきなのか?

ちょっとぐらい休んでみちゃだめなのか?

少しサボっちゃいけないのか?

仕事中心じゃない生活の奴も居るじゃないか?

....等々...自分でもわからなくなってくる。わけだ。

なにしろ大志あって目指してきた道じゃないので(笑)

 

本当の本心は、「仕事をするのが嫌」なのかもしれない(笑)

が、生活してゆくのには金が必要なので、その金を得るために、嫌でも働かなきゃならんのも現実。

嫌だから....○年計画...とか言っちゃって、「努力もそこまで!」ってことにしておきたいんだろうなぁ...

一応今回の5ヶ年計画ももう少しで2年経過する。

残すところあと3年か。

 

でも...多分、あと3年経つと....

....次の「5ヶ年計画」始まってたりするような予感が....

 

ってことは少なくとも8年は頑張らないと....

って、考えていると8年も頑張らなきゃいけないのは嫌なので、とりあえず「あと3年」にしておこう、ということになる。

 

こんなことの繰り返しだ。

 

ひょっとして第四コーナー回ってる?

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ま、なんやかんや言っても、”仕事第一”となってしまうのだ。

好きとか嫌いとかを言うレベルにもない。

今の家庭生活を明日も、来月も、来年も、続けようと思うなら....”仕事第二”では、成せない仕事に就いている。

それだけのこと。

 

大学卒業と同時に就職して、出世さえ望まなければ、仕事第二でもやっていける職業もあるとは聞く。

が、今更転職するわけでもないそんなものと比較してもどうしようもない。

転職したって今の仕事を辞めるなら、「もっと働かなきゃならないこと」ぐらいは目に見えている。

真逆だ。

 

なので、これでも最低限度の「仕事第一」ってことなんだろう。

 

遊び人でありながらも...押し寄せる「仕事第一」のウネリに気付き始めたのが12年ぐらい前だろうか?

そして「もう仕事第一にするしかない」と観念したのが、7年ほど前か?

ブログを書き始めた頃に重なる。

...「仕事第一」というスタイルに慣れておらず、不安があったのだろう(笑)

 

が、今はそれも少しは慣れてきた。

服は顕著な違いがある。

私服なんてほとんど買わない。

靴も、鞄も、時計も、ベルトも、シャツも....ほぼ...仕事用しか買わない。

遊び道具はそれまでにたくさん買ってあったので、別に困ることもないし、そもそも滅多に遊びに出かけなくなってもきている。

 

なんか...仕事一色で、ストレスもたまっていそうだが...

一番ストレスがたまるのは....仕事がうまく行かないとき...だと思う。

 

というわけで、買い物も、仕事に関するモノにしているのは、ある意味、それでモチベーション上げて、”仕事”がストレスにならないように防御しているのかもしれない。

無意識のうちに。

 

....もっと若い頃だったら....苦痛だったろうなぁ....こんな生活。

 

気乗りしなかった学校生活でも...3年の終わりも近づいてくると....

ちったぁ頑張っておこうかな?

ってのに....似てるのかな?

問題

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ツイッター大統領も空港毒殺事件も親友学園も俺には全く関係ないのに、追われる毎日だ。

そして追われているのに大して儲かりもしない。

一体何をやっているんだ。

単に空回りしているだけじゃないのか?

 

...なので、本当は、もう少し、立ち止まって考える時じゃないかと思うんだが...

その一環としてのブログさえ書けていない。

また10日も空いてしまった。

さらにはそんな今年も、3月なのか?俺は2カ月何をやっていたのか?

 

そんな俺が「今」考えるべきことは。

と....

朝起きてから...時々...たまに...考えようと...思うんだが....

少し考えようとすると....もう他の用事が....

そんな毎日で2ヶ月が過ぎたということ。

いやあ...昨年もなんだかそうだった気がする。

何時からそうなのか?....

....ま、そんなことを思い出しても仕方が無いだろう。

 

...さらには...

知らぬ間に多少気候も良くなって、元来アウトドア派だった俺の遊びの虫がうずいてくる。

まだ、ちゃんと、考えて、いないのに。

 


今は便利だ。

ブログなんかをやっている”昔の仲間”を見るならば....すぐに羨ましくもなれる...

 

が、実は、案外羨ましく....もない。

”若かりし頃”はその遊び人姿も似合っていた。

なんちゅうか...キムタクでさえ、今となっちゃああのロングバケーションは似合わない。

それが巷のど素人なら....

そういう感想。

 

流石に最近は見ないが、ええ歳こいたオッサンがジーンズの後ろのポケットに鎖のついた財布を入れて....

って、格好良いどころか笑えてしまう...にも、近い。

 

時というものはそういうもんだ。

いつまでも「若さを」なんて言っているのは、いつまでも「赤ん坊のままで居たい」と言っているのとある種同じ。

そりゃあいつまでも「似合う」はずがないってもんだ。

ダースベイダーだって若い奴では似合ってなかった。

 

なので...いつまでも...「過去の栄光(栄光なんか無いとしても)」にすがってちゃいかんのだよ。

 

ゆえの...未来の自分」を見つけていかなきゃならない。

 

その未来....

もう、とても大変そうになっている。

そしてまた、去年、今年と、出来事の多さが示すように、変化の度合いが凄すぎる。

その環境に年老いていく自分をフィットさせていくのはそう簡単なこととは思えない。

そこは、なんだかわかる。

わかるから、遊びたい気持ちを抑えている。

誘惑からは出来る限り目を背けようとしている。

 

自分に言いつける。

遊びどころじゃない。

遊んでいる場合じゃない。

「もっと気楽に生きようぜ」としていた、多くの遊び友達、飲み友達はどうなった?

....そんな....時代だ....ろ?と。

 


四六時中仕事や金のことばかり考えるようになってしまってかえって余裕を失くしてるんじゃないか?

そんな視野じゃあ余計「先」は見えないぞ。

時には気分転換やリフレッシュも必要だぞ。と持ち直してくる。

 

...でも....

よく考えてみるならば....別にさほどに好きで仕事をしているわけでもない。

どうみたってやらなきゃいけないからやっているだけのこと。

別に世の中のためなんかじゃない(表向きじゃそう言うこともあるが)

家族が生活し、一人前になり、不安なく老後が過ごせるように....一円でも多く稼ぐだけのためだけのことだ。

金持ちだったら働かないし、9億円の土地が200万円で手に入るなら働かない。

残念だろうが何だろうが、望んでもそういう地位にはないから働くしかないだけのこと。

考える前にも....

収入を途絶えさせるわけにはいかないので....まずは、「仕事」でしかないというわけなんだぜよ。

 

だから「遊び」にイチャモンつけるしかないわけだ。

そこを認めてしまうなら、何を頑張っているのかと。なるからに。

「遊び」なんてもはや格好の良いものではないんだよ....と、言い聞かせる言い聞かせる。

「遊びの達成」なんかじゃ満たされないんだよ、もう次元が違ってる。

飲み会程度で十分....

と言い聞かせる、言い聞かせる。

 

本心はどうだかわからんが、本心違ったとしても、どうにもならないことだ。

でも....改めて何度確認しても....落ち着いて思考をする時間が無いってのも、結構問題だと思う。