小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

ラストスパート

f:id:okutavianus:20161223114651j:plain

 

12月も佳境に差し掛かってきた。

毎年「ガキ使」まで休みがないと公言している通り、今年もこれまで休みはない(笑)

別にしんどくもない。

毎年なので。

 

ただ、そんなわけでこの三連休も当然に仕事。

なので、今、書いておかないと、多分来年まで書かないんじゃないかと...

いうことで、書く。

 

今年は”途中からの”参加なので、年初やら、昨年やらと比較する資料がない。

よって”記憶”をたどるしかないんだが...

それもあまりハッキリしない。

 

ただ...数値化している結果もあるので、それを振り返ってみるなら...

相当に面白くなかった年末年始だったんだろう。

以前のブログはいつ止めたんだっけ?

それにも影響したのかもしれない。

 

からすると、色々もんどりうっていた割には...

今年は予想外にも、まずまずの結果を出せた...のかもしれない(安心したくないので安心はしない)

 

まあ、別に今年がゴールではないので、来年大きくヘコむかもしれないし、そんなことも日常茶飯事なので、ぬか喜びも出来ないし、ただ、思ったよりは良い数字、ってことだけ。

 

当然に「ここから」来年を考える。

来年の目標はすでにある。

① 95

② 黒

③ 合

だ。

さらにそれを受けてのさ来年が

① 100

② 黒

③ さらに合

だ。

 

なので、来年も、さ来年も暇じゃない。

もっと言うなら、今年以上にトラブル連発するなら、さらに大変なので、もっと暇じゃない。

 

いつまで続くんだ、と思うこともあるが....

いつまで続けてられるんだ...と思うと...

案外幸せなことなのかも...

とかも思う。

 

ただ...カラダは相当シンドイぞ。

来年はもう少し健康に気を使わなきゃいけないかもしれない。

健康診断×××だったし(笑)

 

お返事

f:id:okutavianus:20161215085551j:plain

 

都合の良い時だけ”日本のせいにする”ってのも身勝手な思考なんでしょうが...

いわば”バブルの申し子”のような時代に生きてきた世代ながらの変遷があります。

 

かつては...人生をナメていたつもり...でもありませんが、それでも、上りのエスカレーターに自転車で乗っかっているカンジ...だったでしょうか?

しかも、みんなで。

 

それぞれの能力や特徴によって自転車のカタチは違ったんだけど...あえての反逆行動にでも至らなきゃ、まあ、どうにかこうにか一緒に登っていけるような....

なので、ガツガツしたガリ勉君は嫌われたし、ネクラなんてのも敬遠されたし、欲深い上昇志向も気持ち悪がられたかな?

明るいノリで、毎度毎度賑やかに過ごせる”仲間”と上手くやれるヤツが重宝されていた時代に”同じように”生きていたと思います。

 

が、いつしか歯車は逆回転し始めた。と思うんです。

というか、今になってみれば、狂っていた回転が正回転を取り戻したのかもしれない。

で、人生は「下りのエスカレーターの上に自転車で乗っかっているような様」になったわけです。

 

ハッキリといつ、そう認識したのかは定かじゃありません。

が、今から17年前ぐらいかな?

「これまでとは違う状況になってんじゃないのか?これは」ってな程度の感知はし始めたと記憶します。

 

なので、ペダルを漕いでなきゃ、そりゃ自然に下がっていくだろう、と。

 

そうは言っても人間急に180度変わるなんて器用な真似は出来ないもので、それまでに染み込んだ体質ってのもあります。

なので、17年前なんて、努力ったってしれたもんでした。

 

が、それでも今にして振り返ってみるなら...「上りのエスカレーターにいつまでも乗ったまま」と錯覚していた奴らとは運命を分けたとは思います。

 

”それからの今”にしてもさほど大したことをしているわけではありませんし、合理的で効率のよい計画的な努力を具体的な目標に向かってしているわけでもないんですが...

まあ、毎日あくせくしている、というか、試行錯誤している、というか、ともかく漕いでないと落っこちまうぞ、という境遇で生活していることになっている。ってことだけですね。

 

辛いとか苦しいとか充実とかの感想もほとんど何もないです。

ただ...後ずさりし始めた時には恐怖感がやってきます。

それが...嫌なだけです(笑)

 

登山と一緒?なのかどうかはわかりませんが、最近はさらに勾配が急になっているような気がしています。

時代なのでしょうか?年齢?なのでしょうか...

なので”より油断できない”からの近況です。

 

まあ、それなりの成果はあると思います。

大した成果でもありませんが。

とりあえず落ち着いて人並みの生活は出来ていると思っていますが...

 

下りのエスカレーターで落ちていった人々を見ていると...

正直、あそこで方向転換していなきゃ、そこに、俺も居たな、ということです。

そこにもおかしな確信があります。

そんなタイミングはそして今も、これからも、いつでもやってくると思うので、あまり気も抜けないというわけです。

 

この程度の努力は誰もがしていると思っているんですが、正直無理していると思うこともあります。

甘いんでしょうが。

でも、その無理も日常化していて、ある意味麻痺しているのかもしれません。

ま、努力についてはあまり深く考えていないです。

気にしているのは”結果”だけなので。

 

あと4,5年したら、少し手を抜きたいという”夢”もあります。(笑)

 

牛歩

f:id:okutavianus:20161210115325j:plain

 

毎年同じようなこと書いてんだが...

やっぱり”今年も”同じようになっている。

 

12月は一日たりとも休めない。

大晦日の松本人志に遅れない、のが目標だ。

 

先回も書いたように、他の目標ももちろんある。

が、この月だけはそんな悠長なことは言っておれない。

誰の仕業なのかと言いたいが、ありとあらゆるものの「締切」がこの12月に集められていて、

しかも代わってくれる者も居ないという有様だ。

 

なんせ「今年」と「来年」は大きく違う。

「たったの一日じゃねえか」と言えるなら言わせて欲しいんだが...

受け手は許さない。

 

ンなカンジで、早くも10日を過ぎた。

今のところの状況は「かなり悪し」。

つまり、相当に遅れをとっていて、とてもじゃないが12月末までには間に合わない。

しかも....だから...なのか、ありとあらゆるものが整理がつかないほどに散らかっていて...

進行状況を更に悪くしている。

...の上に断れない忘年会が二日酔いを誘い....

朦朧とした状態での作業を余議なくされており、やる気が出ないのでブログに向かってしまっている....という、ま、今ここ。

 

さ、牛歩で良いから片付けなければ....

いや、酔歩か...

決算期

f:id:okutavianus:20161129100404j:plain


復活以来どうにも堅っ苦しい文章が多い。

病んでいるわけじゃあないが、いろいろと詰んでいる場面が多く、余裕かましているつもりだが、実はもんどりうっている証拠なのかもしれない。

 

...の中で、あーだ、こーだ、と言ってはいるものの、一応は日々怠ることなく過ごしている中で、少し整理がついてきたのか....「多分...これなんだろな」という壁が見えてきた。

 

壁というよりは一つのゴールなので、本来ならゴールテープが望ましいんだが、残念なことにそれは見えない。

トップじゃないことぐらいは嫌というほどわかっているし、今後も間違ってもトップになれないからだろう。

 

何番目かもわからない。

が、そのゴールがぼんやりしたものではなくなってきたってことだ。

しかも、知らぬ間ではないが、気が付いたら、けっこう近づいていた、ってことだ。

 

ということで正確に計算してみよう...とやってみたらば...

 

...4年半...って...案外微妙だった...

 

ラストスパートするには早すぎるし、

かといって方向転換には遅すぎるし、

寄り道するような余裕があるのか?ないのか?

 

そもそもが迷いやすい時期に来ているってことなんだろう。

いや、そもそもが「ゴール」という表現がおかしいかもしれない。

「決算期」の方が似つかわしいか?

 

普通はそう意識しないことなのかもしれない。

意識しない時期なのかもしれない。

みみっちいこだわりなのかもしれない。

みっともない意地のようなものなんだと思う。

小さい人間なんだろう。

 

でも、少なからずや心のどこかでその時期を意識してその時期の自分の力量を意識して頑張っているつもりなので、やっぱりある意味「試験日」のようなものなんだろう。

どっか気が抜けないのはそういうわけなんだろうが...

 

その意識の割には勉強が進まないってか、努力が出来てないってか...ついつい遊んでしまっているってか...

ま、だからこんな程度の人生なんだろうけど...(笑)

整理整頓

f:id:okutavianus:20161127120712j:plain


...についてはもう何度も書いてきていると思うんだが...

それでも都度都度登場してしまうのは....

それだけに必要とする頻度が上がっているからだと思う。

 

全く几帳面でもないし、もともとはそんなにも頻繁に整理整頓する方でもなかった。

が、そんな自分でも整理整頓を必要とするようになったのは...

明らかにPCを始めとしたITやデジタルの環境だろう。

 

一応は「進歩」ということになっているらしい。

インターネットが出来る?ようになったPCの環境も、もうとっくに忘れてしまったが...

モリーで128 ハードディスクで2G?ぐらいだったろうか?

様々なものが今や爆発的に膨張している。

 

国家が使うようなスパコンの進化なら自分にもさほどの影響はないのかもしれないが、毎日の目の前にある道具が...である。

それに加えて携帯端末も....

に乗った情報が毎日飛び込んでくるわけで。

30年前と比べるなら何の何乗ぐらいの膨張した情報と付き合わなくちゃならなくなっているわけだ。

 

特別積極的に取り入れたいと思わずとも、利用できなきゃ、知っておかなきゃならないものだけでも膨大にある。

かつては...1枚撮るのさえ高価だった写真が、無制限かよ、ぐらい保存できる世の中になっているぐらいだ。

たったの12曲が詰まったLPを大事に大事に聞いている時間など許されず、何万曲持っているか?の時代だ。

 

そんなもの...整理整頓していなかったら、毎日溢れかえる情報の中で混乱しながら生活していくことになるのは目に見えている。

いや、混乱しているだけならまだマシで、本当にやらなきゃならないことさえ見失ってしまう...ことのが大問題だ。

 

今の日本もそうなのか?

今の自分はそうだけど。

 

次から次へと刺激的な話題が舞い降りて、退屈していられないほど新たな話題が飛び込んできて...

さも賑やかな毎日なんだけど...

本当にやらなきゃならないこと、本当に大切にしなきゃならないこと、

そういうのがどんどん埋もれていってしまってんじゃないかと....

 

で、ゴミが多い分だけ昔より頻繁に整理整頓しなきゃならなくなっているのかな?とか....

 

いやはや...それでも最近は追いつかなくて...

大事なもの、肝心なもの、の見分けさえ、つかなくなってきているような気がする。

 

さ、四の五の言っておらずにやれるだけの分でいいから、少し整理してみよう。

インプットが多過ぎるんだろな。

 

呼吸

f:id:okutavianus:20161119095645j:plain

 

こんなヘンテコなブログなのに、真面目に考えてもらって、コメントまでいただくと...

なんだか申し訳なく思うので、また今回もある程度キチンとお答えしておきます。

 

今年はもう何回も書いているように成果が上がりませんでした。

全くではないのかもしれませんが、感触はありません。

これを素直に振り返るなら、「足りなかった」わけです。

 

「能力」「努力」「方法」「タイミング」...

いろいろ足りなかったのでしょう。

これまでや、どちらかといえば、「先を急ぐ方」だったので、あまり立ち止まったり、振り返ったりしなかったんですが、そこにも問題あるかな?と。

 

よく言う「等身大」の自分が見えていないというか、「今の時点での自分の立ち位置やら、能力やらが冷静に把握できていない」のかもしれません。

まさに「柳に飛びつく蛙」といったところです。

 

もう15年は前になるでしょうか?

お恥ずかしい話ですが、初めての資格試験挑戦は「司法書士」でした(笑)

「身の程知らず」

そういうところがあります。

まあ、ゆえに「たまに飛び付ける」結果オーライラッキーだったり、だからこそ無理が出来た経験なんてのもあるとは思いますが、時間を初めとして代償も少なくはないでしょう。

いわゆる「無駄が多い」というやつです。

 

振り返ってみれば...

今年は健康面もよくありません。

体調万全の日がとても少なく、年中不調を誤魔化して生活していたような気がします。

老化もあるのでしょうが、それ以前に「無理」が来ている気はします。

 

もともと...「仕事」以外は遊んで暮らしていましたから、トレーニングさえしていない毎日で、今から思えば楽なもんでした。

が、かといってどれだけでもやることを増やしていけるわけでもないでしょうね。

そりゃあいつかは「満タン」になるんでしょう。

自分じゃまだまだと思っているのですが、そんな「見込み」も自惚れなのかもしれません。

 

に加えて一つ思うのは情報通信やら様々なテクノロジーの進歩の激しいことです。

「5年前のケータイなんざ使い物にならん」ように

「5年前に通じた方法」が通用しなかったりするわけで、そこも「残された年数のが少なくなってくる身」と自覚するからこそ、急ぐ理由になるのかもしれません。

 

のようなところから「前倒し前倒し」「急いで急いで」の習慣になっていたようなんですが、我武者羅な意欲や焦りだけでは成果は出ないということなのでしょう。

むしろ、副作用の”意欲の喪失”に近づくように思えています。

 

なので、ここからは「成果」よりも、ペースダウンしてでもいろいろと「続けること」かな?と

現時点ではそう思ったりしています。

甘いかもしれませんが、「一呼吸」というやつです。

思えば5年ほど前にもこういった時期があったような気がします。

自分は一生懸命やってるつもりなんだけど、全く成果が出ないんで、フト周りを見回してみたならば...

「思っていた場所と全然違う場所に居た」

なんてこと。

それじゃあ成果も効果もあったもんじゃないですね(笑)

 

ヨガに近いストレッチもトレーニングのメニューに入れてありますから、「呼吸の大切さ」はわかっていたつもりなんですが...

実生活では見事なほどの無呼吸泳法だったようです。

 

多分...ずっと努力を続けるってことが嫌なんですよ。

どっかで終わりにしたいから、先を急ぎ、成果を急ぎ、安泰に至ったら「止めてしまいたい」のが本音なんでしょう。

 

そこらあたりはまた別の機会に考えます。

とりあえず今は細々とでも続けた方がいいだろう、ぐらいには思っていますので。

走り回ってはいるけれど走り回っているだけ

f:id:okutavianus:20161116103051j:plain

 

ごいさんのコメントへの返事があっさりとは書けなかったので...

 

運動を仕事にしているわけではないし、アスリートでもないので、”引退”とか”定年”ということを意識する必要もないし、意識すべきでもないと思ってやってきた。

が、「健康の維持のため」とするトレーニングひとつをとってみても、なんやかんやで17年も過ぎてくると、”効果”どころか”疲労”や”ダメージ”のが大きいってな時も出ている。

要するに「同じこと」こなしていても「しんどい」のだ。

もちろんこんなことは人には黙ってこなしている。

 

他にも...

花粉症の時期のしんどさ、

睡眠不足状態でのしんどさ、

遠方に歩いて出かけた飲み会いのしんどさ、なんてのもある。

つまり...無理をするのに以前より疲労や負担を感じやすくなっている。

 

若い...つもりでなきゃ余計に老けてしまうだろうと平気なそぶりはしているものの、これが実感だ。

まあ、長い事トレーニングなんかしているので、体力の計測値的なものは相当のレベルにもあるんだが、他の人との比較じゃなく、「これまでの自分」と比較した場合に、かなり急激に落ちてきているような気がする。

と、まあ、そういうこと。

 

広島の黒田選手とは当然のように同じように語れるレベルじゃないが、運動ではなくても、かつての力量と同じような100%の力を出すことは難しくなってきて、

「変化球やコントロール」に当たるのかな?経験や感情の調整まで組み込んで、ごまかしごまかし「ニセ100%」のパフォーマンスを見せているが、

どうにもそれすら怪しくなってきた...という実感が出てきたということ。

 

もちろん黒田選手のように引退するわけにはいかないので、それでも継続していかなきゃならないんだけど...

「力ずく」「数打ちゃ当たる」って手法からは離れていかないと駄目だろな、と。

 

どっちかって言うと、あれやこれや考えた挙句に尻ごみするぐらいなら、「まずはやってみる」と、取り組む勢い重視だっただけに、計画的とか合理的とか効率的ではないだけに、無駄も多いんだろう。

 

なので...もう少し考えて...というか落ち着いて...というのが自分の場合は

「もう少しあわてないで」できる範囲でやっていくのはどうだろう?ということ。

 

昨日も垣間垣間でそう思い出してみたんだが...

もう常に、意味無く、急いでいて...

習性というか、ビョーキかよ、とか自分でも思ったりした(笑)

 

折しもサッカー日本代表やっていて....

自分の姿って...

縦横無尽に走り回っているけど...

ちっともボールに触れてない奴、

なんだろうな、と思った。

しかも...いい歳こいてんのに。

 

そういうことなんですよ、ごいさん(笑)