緊箍児

小舟から...鉄の斧...そして...

遠い昔...遥か銀河系の彼方で Ⅰ

 

 


合間合間に”自分にも”言い聞かせているんだが....

”嘆き”や”悲嘆”に明け暮れるためにこうして吐露するのだったら...

「止めた方がいい」

とは思っている。

それぐらいの注意はしているつもり。

 

話戻して....父親の言動は...時折憎悪を抱いてしまうぐらいに醜く、ずるいものであって....

「俺はそんな醜い行動はとらない」....つもりで生きてきたはずだったんだが...

それは自分の記憶に都合よく蓋をしてきただけのこと。

一旦開いてしまうなら....

「お前は言えないだろう」

ぐらいに....似た行動もしていた。

一応細かな解説は面倒臭いので、それを「DNAのせい」としているわけ。

 

これはもうどうしようもない事実。

動かしようもない現実とも言える。

 

だから、その実態を内面を”正確に”把握することで...

せめて、人様にご迷惑をおかけすることないぐらいには

コントロール出来るようになりたいな、と。

いや、ならなければ、と。

こうして毎日毎日自分の本性を暴きだしているというわけ。

なので、読んでくださる皆様には本当に申し訳ないと思っている。

快晴の一日の始まりに間違っても目にされたなら....

せっかく爽やかに始まるだろう朝の期待が....

醜い部分を見てしまったばかりに...

妙に気持ちの悪い思いもされるだろうと....

 

私だっていつまでもこんなことを書いていたいと思っちゃいないんだが....

書き出してみたならば...自分でもびっくりするぐらいに次から次へと出てきて....

ということは、それぐらい醜い部分を内包し、黙ってきたということなんだろう。

 

だからこの際、飽きられるほどに長くなっても...

一通り洗い出しておきたいのだ。

 

このように振り返ってみたらば....

自分が想像していた以上に”自分は”卑怯で、姑息で、小ズルい行動をとってきたということも判明し...

「父親のことが言えた分際でもない」ことも明らかになった。どころか....

その父親も父親から植え付けらてて持っていた、家柄や、地位も虚偽だったことまで発覚し....

今までのわが一家の「上から目線」の言動は一体何だったのかと....

 

そんなゲスい人間であっては「並」や「普通」の称号も恥ずかしいだろうと。

だから「下人」と称するようになった。

 

そして....それ以後ももっともっと掘り下げるなら...

さらにその下の「愚民」ぐらいにはなるのかな?と....

 

 

 


「大志」の項あたりでも書いたと思うけど....

目標とか、希望とか、前向きと言うんだろうか?

そういった類の具体的なイメージが....ない。

というか思い浮かばない。

 

学生だった頃はよく書かされる機会もあったりしたんだが....

今覚えていないぐらいに....

多分、適当に創作した。

とりあえず白紙じゃまずそうだったので。

 

今もそうだ。

幸福?幸せな人生?希望?理想?

その方面はいつもボヤけている。

 

なんとなく幸せそうな雰囲気....程度はわかるので....

話を合わせたりするぐらいの装飾は出来るんだが....

本当は....

どうすれば?どのような道を目指せば?

辿り着けるのか?

手に入れられるのか?

わからない。

そういった目標を”掲げて”目指してみた経験もない。

 

もっと身近な「快楽」やら「快適さ」を優先して....

”道”を決めてきたように思う。

いや、嫌なことや嫌いなことを避けて道を決めてきたように思う。

 

志なんて全くない。

ま、だから愚民なんだろう。

 

志を持てない....

のではなく、育った家庭に存在しなかった。

んだと思う。

 

家族内の会話は悪口、妬み、嫉み、自慢、豪語、で溢れていた。

よくしゃべる家族だった。

そうやって人を小ばかにすることがおしゃべり上手のように思えていた。

だから余計に不要な言葉が溢れていたんだろう....

子供には聞かせない方がよろしかったほどに....

 

家族以外の人の話ならまだしも....

家族同士でもそこに居なけりゃ標的だ。

シャレやギャグじゃない。

本当の陰口だ。

陰口で人を引きずり落して自分を優位に見てもらおうと....

まさに下人中の下人の所作。

 

そんな場所に”志”なんて....

志を持つことの意味や意義どころか志の必要性すら

誰一人会話に出したことなどないんだろう....

 

自分もわかっていないままここまで来てしまった。

そしてやっぱり今になっても思い浮かばない。

 

もう後悔したって仕方がないので(笑)

後悔はしないけれども....

だから志の備わった家庭の方々とは育ちも違うし、なれの果ても違っていたのか?

という理解と覚悟は出来ている。

 

いつも言うが自分を見下げて”下人”と称しているわけではなく。

下人たるべき育ちだったと確信しているだけのこと。

 

そこを勘違いしてはいけないと...

いつも言い聞かせている。

 

防止策

 

 

そんな頃からだ。

父親の素行には腹の立つことばかりなんだが....

怒る前に少し間を置くようになったのは。

 

自分にも...こういうところ”ある”んじゃないかな?....と。

 

大体の場合が...”ある”。

 

哀しいかな....それがDNAというものなんだろう。

いくら実の父親とはいえ、大嫌いで、全否定の人間性をシッカリ「受け継いでいる」わけだ。

なかなかに、こんな残念なこともない。

 

が、どうしようもない現実だ。

 

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」

という徳川家康の遺訓は大嫌いだった。

そんな重っ苦しい人生よりも、真夏のカリフォルニアのような爽やかな人生に憧れていたのに....

 

それが一挙に共感できるようになった。

きっと徳川家康でさえも

引き剥がせない運命を背負いつつ...生きていたんだろうと....

 

徳川家康でさえそうなんだから

自分如きじゃあ変えることも出来ず

ただただ我慢し、背負い続けること

って目に遭うことぐらいは....

普通

なんだろうと。

 

ならば、せめてもの手段として

父親を自分の役に立てる手段はないものかと....

 

あった。

それが反面教師にさせていただくことだった。

もちろん本人に承諾は得ていない。

いや、必要もないだろう。

こっちが黙って観察するだけのことだから。

 

悪いが....実に役に立っていると思う。

たしかに...と言ってもいいぐらいに。

 

いや、これは父親への非難ではなく

同じDNAからの自分の素行の防止策として。

 

なにしろ現実的なビジュアルを伴って確認出来るので、実にわかりやすい。

ドラマのようなものだ。

 

なるほどな。そうすると....こうなるのね。

なるほどね。そんなこと言うと....こういう目に遭うのね。

何十年と....繰り返しても....気が付かないんだよな....

「自分は間違っていない」と思っているからね。

 

間違っている方が....うまく行くこと多いのに....

 

最初っからやり直し!

 

 


父親譲りのDNAというか....

そんなDNAを持った父親の教育の影響か...

どんなことに対しても....「急ぐ」習性になっていた。

いや、今もそう。

自分で気が付いてくようにしていないと...

大体急いでいる。

意味も理由もない。

パブロフの犬のように。

 

”普通”がそんな生き方なので...

随分と慌てて生きてきた。

答は別に「今すぐ」じゃあなくても良いことも多いというのに...

何でもかんでも「すぐに」「今日中に」「出来るだけ早くに」....

はもう習性というより本性のようなものになっていて....

 

たしかに前は向いている。

というか急いでいるので、前しか見えてないんだが....

で、一度、振り返ってじっくり来た道見てみたらば....

急いだだけでスッカスカの中身の無いものだったのか?と....

 

ジグゾーパズルで言うならば....

とりあえずの全体はなんとなく見えるんだが....

ところどころあまりにも欠け過ぎている

 

慌ててハメてきたので....

本当は違ったピースが無理やりにハマっていたりもする。

 

ここまで来て、なんだかたくさん残ってしまっているのに、もうどこにもハマらない...

こんなにも違ってハメてきたピースが多いのだ。

 


この事態を挽回するには...

えっ、もう一回全部バラして...「始めからやり直し」なの?

 

10年前ぐらいから多分やり直し作業が始まっている。

 

もう終わりだって遠くないというのに....(笑)

 

 

まあ...そんな感じ、で....

気が付いたのは遅すぎたんだけれども...気が付いてしまった以上は....

と言うか...「せっかく気が付けたのだから」...

残り少ない”今後”であっても....「知らん顔」で済ますのはやめようか、と言うところ。

 

つまり....

知らないことは知らないと

出来ないことは出来ないと

持ってないものは持ってないと

 

極端に言うならば....

「大したことは一切出来ません」

でいいんじゃないかと。

 

もしかして?それを覆したいと思うならば....

それはもう...言葉...じゃなく、「行動の結果で示す」ことでしかないでしょうに。

というところ。

 

もう歳も歳だ。

正直年々「結果」が出せなくなってきている。

運動の分野なんて....

記録どころか....”健康”でさえ結果を出せていない(笑)

 

若い頃に比べたら....結果を出すことへのハードルはかなり上がってきている。

それこそ「若い時にやっておきゃよかった」だ(笑)

が、そういうことを歳を取ってから後悔するあたりが、そもそもの「あさはかさ」であり「愚か者」の証拠のようなもの。

ま、サボってきた罰のようなもんだろう。

 

過ぎてしまったので仕方のないことなのだ。

だから...出来るだけ楽しく罰を受けていこうとは思っている。

さらにの反省も推し進め、そこからヒントを得た人生を前向きに歩もうと思っている。

趣味のようなものかもしれない。

ライフワークか?

あんまりウキウキしないけれど。

 

うっすらと気が付いてやり直しをさせられているような人生なんだけれども....

どうかな?

10年ぐらい経ったかな?

 

ようやくなんだか案外間違ってもいないのかな?

ぐらいの成果を感じることも出てきたりして...

 

基準も、到達点も、見えないノルマを毎日こなしている。

”同じ”なら「同じ」だろ。

 

 

この...「あわてて答えを出してしまう習性」に「待った!」をかけだしたのは....

ごく最近。

長く見積もっても...せいぜいここ3年...と言ったところ....

 

ということは....

随分と長い間....「あさはかな判断」をしてきたことになる。

 

その通りだ。

しかも哀しいのは....

「あさはかな判断」をしてきたという自覚すら無かったこと。

 

今思い出してみるなら....

確かに「お手付き」を量産している。

「あさはかな判断」というよりも、「間違えだらけの判断」だ。

 

当たり前だ。

”ちゃんと”考えていないのだから。

”考える前に簡単に見つけたその辺の答のようなもの”を拾って「わかった」と言ってきただけなのだから...

 

「確かにそんな人生だったよなぁ...」.

とか他人事のように思ってしまう。ほどに。

 

しかし反面教師は....

そんな局面を....

いまだに....「人のせい」「怒ること」「誤魔化すこと」

で、補っている。

「自分が知らないんじゃない、お前が間に合わないんだ」と言わんばかりに....

 

転嫁もはなはだしいところなんだが....

 

多分...似たようなことをして....「間違っているわけじゃないんだ」と誤魔化してきていたんだと思う。

自分も。

記憶にもある。

 

ただ....「同じ」は嫌だな。

とは思うようにはなっている。

いや....「同じ」なら....

「”同じ”ようにうまくいかないぞ」と、反面教師を眺めながら....

戒めている。

あさはか

 

 

氷山の一角説とも似ているが...

 

世の中は....テストやクイズではないので....

ゆっくり

じっくり

考えてこそ「わかること」や「見つかる答」も山ほどある。

いや、むしろ”普通”はそうじゃないのか?

 

なのに...

コンピューターの判断よろしく....

早押しクイズよろしく....

”すぐ””即”「わかること」が能力の高さの証明のように思っている。

「程度の高い人間」と思われるためには....

一秒でも早く「わかる」人でなければならないと...

勝手に思い込んでいる。

そして見せつけようとする。

 

そんな父親の家庭に属していた時は....

その王道方針のために随分とせかされてきた。

難しいことや理屈っぽいことは教育されなかったが....

何かにつけて「早く!」は至上命令だった。

 

おかげ様で結構何でも迅速に処理するクセがついているんだが...

 

だから”一角”を見ただけで....「わかった」気になってしまうようになってしまっても居るわけだ。

その下には「”真逆の”大きな真実」が隠れているかもしれないのに....

 

すれば....そんな姿勢じゃあ...「お手付きの量産」にもなる。

 

それじゃあ「せっかち」では済まされない。

出した答えが「間違っている」から。

 

それは普通「あさはかな判断」と言う。