下り坂思想

f:id:okutavianus:20190321114400j:plain

 


”平成”という一つの区切りが幕を下ろすということで....

いろいろな総括が行われているんだが....

自分にとっての”平成”は、まさしく日本の下り坂だったと思っている。

 


皮肉にも、”平成”は、その始まりの年末に日経平均史上最高値をつけて華々しくデビューした。

昭和からの「上り坂エネルギーがそのまま続く」と誰しもが思っていたからこその株価上昇だったと思う。

が、その願いが一度たりとも叶うことはなく低迷した時代が平成の実態だ。

 


若かったということもあるがその史上最高値に向けて2年ほど全力で株を買っていた。

全財産と言ってもいい。

それが、またたく間に1/4になった。

 


全財産と言っても若い独身時代なので大したものではないんだが....

それでも全部は全部だ。

精神的ショックはいかほどのものだったのか....

 


おそらく七転八倒していたと思う。

それが自分にとっての平成の幕開けだ。

周囲の大人達の....

「いつかは景気も良くなるさ」

「また、バブルになることもあるってさ」

という根拠の無い楽観を信じられるはずもなかった。

 


特別に大人達を恨むようなことはなかったけれども....

この「根拠の無い楽観」がバブルを創出し、バブルをはじけさせたとは理解した。

日の出があれば日の入りもある。

満ち潮もあれば引き潮もある。

光もあれば闇もある。

それが人間社会を超えた自然の摂理だ。

なのにどうして人間社会だけが「上り坂」のみを演出できるものなのか?と。

 


自分がよく使う「神の思し召し」からは「良いことばかり」が起きるものではないと思っている。

自分にとって、人間にとって、嫌なことであろうとも、”必要な戒め”は起こされると思っている。

 


であるならば....

高度経済成長だ。

エコノミックアニマルだ。

ニューヨークを買い占めろ。

ぐらいに自惚れた日本の経済は、同じぐらいは落ちぶれるだろうと想像した。

 


なので「下り坂」を生きてきた実感は、ほぼ平成とともにあるので、今に始まった感覚ではない。

 


ただ....日本が下り坂にあろうとも....「俺だけは下らない」

ぐらいの気概は持っていた。

その気概でここまで生きてきた。

 


んだけれども....

若さや気概を頼りにするような強引な逆らい方ではもう通用しなくなってきたかな?と.....

 


そんな思いでテレビを見ていたら....

イチローが映っていた。

 


同じ努力が通用して、栄え続けらるもの.....

など無いことが証明されようとしている。

 


哀しいとかじゃない。

それは自然の掟だ。

ネガティブではないむしろポジティブだわ

f:id:okutavianus:20190317121311j:plain

 


「下り坂」人生の名付け親は五木寛之だとばかり思っていたんだが....

「下り坂」ではなく「下山」だったことを初めて知った....ぐらいに実は五木寛之の思想も知ってはいない。

たしかに.....「下り坂」と「下山」は違うと言えば全然違う.....

 


まあ....自分の人生がピークアウトをしたと確信したので、その後の人生は?と問われるなら....

まあ「”下り坂”のようなものなのかな?」というようなイメージが浮かんだので、”そのまま”使用し続けているだけのことだし、思いつきのようねなネーミングでもあるので、ピタっとフィットしている感じもなく、なんか「別の言葉」はないものかと....

ずっと探してもいるんだが.....今のところサッパリ見つからない。

ただ....ここで「下山」と言い換えてしまうと....まんま「真似」になってしまうので、そこはちょっと避けたいかな?

 


「下り坂」などと言うと、自称ポジティブ派の人々らから....「そんな...人間気持ちだよ、気持ち。自ら諦めてしまったような....若さを見捨ててしまうような....その方がよけいに下り坂になってしまうんだよ。」

というような説教を受けやすい。

が、そこが嫌なのだ。

悪いが....ここまでのところ....「気持ちだけ説」の人間よりもはるかに結果も若さも保っていると思っているし。

 


何度も言うが、俺が剛速球だと思って投げているボールは、「もう剛速球ではない」ということ。

「これまでと同じ生き方ではうまく生きられない」ということ。

それを確信し、覚悟をすべきだと自分に言い聞かせているだけのことで....

「ネガティブに生きる」などとは一言も言っていない。

 


柳の葉の高さは変わらなくても、自分の跳躍力が下がる一方の年齢になれば、届く可能性はさらに低くなるのに、「同じ努力」で何の結果が出せるのか?

それよりも違う方法や違う目標にした方が、結果が出せるんじゃないのか?

そう言っているだけのこと。

 


ただ....それを「下り坂」という一言にしてしまうと....誤解されることが多いのだ。残念だけど。

 


案外欲深いのだ。

まだまだ全てを諦めたわけじゃない。

下りながらも....

下山しながらも....

結果を、成果を、幸せを、実現しようと企んでいるのだ。

勇気だ、国家への忠誠だ、万歳だ、と本当は届きもしない、在りもしない夢や願望に向かった....神風特攻隊のようになるつもりは毛頭ないのだ。

 


私は登山の経験が無いのでよくわかっていないんだが....

「勇気ある下山」

は非常に重要な思考だと聞く。

ポジティブな決断だとも聞く。

危険な登山じゃあ、無理な状態で頂上を目指すことは「死」を意味するからだろう。

少なくとも、直後の「死」を避けたいのであれば....

つまり、一応でも「生き続けよう」とするならば....

ポジティブな選択は

「下山」すなわち「下り坂」。

登山じゃなく人生にだってそういう場面は必ずあるということだ。

 


なので、自分じゃ「下り坂を行こう」というのは、より積極的な選択、作戦であって、全然ネガティブとは思っていない。

 


少なくとも....「気持ちだけでもポジティブに」

なんて言ってる奴らよりは幸せな結果を残してやろうと。

そう思うからあえて選んでいるんだと、

思っている。

 


「気持ちだけ」なんてどうにでも誤魔化しのきくような曖昧な結果なんてそりゃあ努力の成果の指標にはならんだろ?

「よくがんばりまちたでちゅねー」とママに言ってもらえば満足なのか?

いい歳こいて。

薬物には手を出さない

f:id:okutavianus:20190314152244j:plain

 


ピエール瀧が逮捕され、大騒ぎになっている。

事件の真相も原因も道徳なんぞも私になんてわかるはずもないので、そこには言及しない。

 


ただ....彼の実績や需要を見るにつけ....

まさに”羨ましいほどの”能力があり、厳しいと言われるほどの芸能界でも、多方面で必要とされるほどの多才であり、

その需要の方向を見ても....恐らくは....タモリやたけしのように死ぬまでも必要とされるであろう立場だったのに....

「どうして?」

というだけなのだ。

 


なんでもかんでも神様のせいにしちゃいかんだろうけど....これも「神の思し召し」なのか?と....

それぐらいに理解できない。

 


いい歳こいて何の成果も出せず、いまだもんどりうっている自分に比べたら崇拝するほどの存在だ(かといって別にファンではない)。

しかも....50歳をも超えられたのに何故?....

....人の一生は本当にわからないな....

と改めて思わされた。

 


「好事魔多し」と言われるし、この場合は自業自得なんだけれども...

この能力、この需要にして、これなのだから....

自分なんぞが油断して幸せになんぞはなれないのだろうな....

 


さあ、その自分の話なんだけれども....

 


「下り坂について」の"心構え"の掛け軸を

ようやく床の間に2本ほどかけたところになるのだろうか?

 


が、なんせ「下り坂」だけに「よっしゃあ、ガンガン進んで行くぞー」ってな気にはならない。

いや....「静かなやる気」ってのも無いかな?正直なところ。

「しょうがない....しゃーないから....」というところが多いように思う。

 


風邪がなかなか治らないというのもあるのかもしれないが....

でも、やっぱりそれだけじゃないだろう。

久しぶりの風邪は強度は無いもののえらくしつこい。

これほどにトレーニングを休んだこととて多分この10年は無い。

休みたくはないんだが....ここで無理をするとひどくなってしまう予感が強いからだ。

が、それこそが「下り坂」に入っている証拠かとも思った。

 


「無理できない」

 


なんだ?ソレ。

いつの間にか「無理できない」カラダになっていたのか?俺は....

なんだか残念だが...

少し....苦笑いが出てしまった。

 


これまでの頑張りも褒めてはやりたいんだが.....

やはり”自然体”からはほど遠かったんだろう。

相当に無理をしてきたと思う。

精神的にも

肉体的にも

 


いや、無理と言うよりは

をついてきたぐらいかもしれない。

 


出来ないことも「出来る」と思いこませ、

能力の無いことも「ある」と思いこませ、

揺れる柳の葉に飛びつかせていた。

ヘコたれそうになると自分で自分に鞭を打ってでも

飛び続けてきたんだけれども....

 


靭帯切って、骨折って、肉離れして休んでみたらば....

柳の葉は.....

霞んで見えないほどの高い位置にあったんだと.....

 


そんな感じに一気になった....

ってことなんだと思う。

 


が、だからといって薬物に手を出すような俺じゃない。

そう、今度は等身大の下り坂を見つけ....

自分なりの下り方をして行くことで

自分なりの幸せを

これでも見つけていこうとしているんだって。

 


う~ん。

でも、自分の酒量からすると....薬物に手を出す必要がない....とも言えるのかな?(苦笑)

 

それはそれで問題だよな。やっぱり。

死生観

 

 

f:id:okutavianus:20190313113248j:plain


つい先日、珍しく風邪をひいた。

誰も居ない雨の日に、寝込んで一日を過ごしていると....

「いつかは....こうやって死んでいくのかな?」.....と、朦朧としつつも頭に浮かんだ。

 


残念ながらに?....それで涙がチョチョ切れる....とかはなく....

哀しいとか、苦しいとか、虚しいとか、も無かった。

風邪自体が苦しいのでそんな余裕を持てなかったのかもしれないけど.....

若い頃に比べると....不思議と残念さがない...のも事実。

 


調子の良い時は若ぶったりもしているけれど....

蓄積疲労は相当に多くなっているんじゃないだろうか?

普段の睡眠時間も短い。

なので、こんな機会だと、まさしく死んだように十何時間と眠ってしまう.....

ちょっと油断するならば....「ここらでいいかな?」....にもなってしまいそうだ....

 


自殺もしないし、毎度言うが....「今更わざわざ自ら死ぬまでもない年齢になっている」ので....

死ぬことは希望していないんだが....

若い頃よりも死に寄り添ってきたような感じはある。

 


人間以外の地球上の生き物は優しい。

自分の命をさておいても....子孫を残すことに懸命だ。

多くの生き物は子供が自立できるような頃になれば死んで姿を消す。

極端に子思いの親など生殖活動直後に死んだりもする。

恐らく....子と共に満腹になれるほど.....自然界に餌は溢れてはいないことを熟知しているからだ。

 


年金制度の話じゃない。

もっと根本的な問題だ。

人間だけが....孫も子も親もおじいもへたすりゃその親までもが生き延びて.....地球上を食い荒らしている暴挙は許されるのか?

甘やかされて生き延びているのは本当に子供達の方なのか?

 


実際.....こんなにも毎日”少子””少子”って騒いでいる日本の中なのに.....

せっかく生まれてきた希少な命を....

”その親”が....”親が”.....自分が生き延びたくて....

奪っちゃってる....のが「世界で一番治安が良くて”安全にオリンピック開けますよ”」って自慢しているこの国の現状だろ?

しかも...そういった類の子にとって、唯一の隠れ家にもなりそうな児童相談所でさえ.....

「近所には迷惑だ」という国なんだろ?

 


まあ、いろいろと厳しい世の中だからし

全国で孤児を増やすようなことは推奨できないけれど....

子が少なくとも自分で餌を取れるようになった時ぐらいに親が消えてしまうことは.....

そんなにも不幸なことではないだろう。

少なくとも親が思っているほどには。

 


自分の子供なんて露骨にそんな感じがするので「冷たい親不孝者め」と思っていたんだが....

実は人類、いやさ地球上の生き物のことを広い目で考えている優しい人間なのかもしれない。

 


磯野波平54歳

星一徹38歳

過去の偉人は早々と主役を譲ってきた。

 


若者のの○○離れとか言うけれど....

いつまでもはびこりたい年寄りが若者の活躍の場を奪っているだけのことなんじゃないのか?

で、優しくスマートな若者は...年寄り世代には「話したところで無理」と

無駄な抵抗せずに「いらねえし」となっているだけのことじゃないのか?

 


ねえ年齢って....

闘うもんじゃなく....

受け入れる....べきものなんじゃないの?

 


う~ん、まだ治っていないのかな?.....

100年生きるための出し惜しみ人生

f:id:okutavianus:20190312102749j:plain

 


「軽く、楽に、楽しく」

ってのも重要な下り坂のカギだろうとは思っているんだが...

もう一つ重要なのが....

「いつ死んでもいいように」かな?と思っている。

 


まあ以前からそんなところはあるんだけれど....

今回改めて自分の年齢を見直したようなところもあって....

そんなにも「死期」は遠いものじゃないと思ったからだ。

いや、自分の想定しているほど遠くにはないだろうと思ったからだ。

 


人生100年時代は誰が言っている?

誰が囃し立てている?

おりしもこのような状況の中、東北地方の現状が報告されている。

60歳で孤独死の方も居られるようだ。

そういった方々に「100まで生きられますからね」なのか?

 


どころか....「この30年以内に確実にまた大きな地震が東北地方を襲います」

などと平気で言っている奴が居る。

 


科学的にはそれが真実なのかもしれない。

それに対処するよう促していただいているのかもしれない。

が、それは同時に「100歳まで、東北地方に住みたいのであれば」

「100歳まで何度も地震津波と戦わなければならないのですよ。」

と言っているようなものだ。

そのような100年は一体誰にとって有難い?

 


話は横道にそれてしまったが、

100歳ってそういう次元だと思っている。

 


100年時代というならば、そういう方々を頻繁に見かけてもよいはずなんだが....

現実の世界じゃあテレビの中でしか見たことがない。

いいや90歳オーバーすら怪しい。

頻繁に市中に出回る方なんだが....市中には90歳以上は居ないのか?

多分....あまり居ないんだと思う。

というか....今のところ居れない....んだと思う。

 


そう睨んでいたならば....

健康寿命は72歳です」

なんてのが出てきた。

その差30年って.....どういう指針なんだ。

これもまた「都合の良い数字を採用か?」

 


「100歳時代」を庶民に強く意識させたいのは、またどうせなんたら行政で破たんを隠ぺいしたいような省庁やら、その補完的機能を狙っている外資の企業なのか?

そもそもどうして外資の保険屋が霞が関周辺に居座っているのか?

近過ぎやしないかね?

 


まあいいや....

人生100年時代なんだから.....

健康診断に金掛けて、万全の態勢で食事に運動にサプリにマインドコントロールに金掛けて

で、「まだまだ100年は長いよなぁ....」と過ごしていたらば....

案外すぐそこに死期が迫っていたりして.....

「まだまだ先は長い」からの出し惜しみ人生に慈しんだことを

死の直前にものすごく後悔することになるほど哀しいことは....ないんじゃないの?

 


「いつ死んでもいい」

なんて人生もロクなもんじゃないとは思うけれど

それよりは後悔が少ないような気がする。

 


なのでどっちかっていうとそっち派。

より軽く、より楽に、より楽しく

f:id:okutavianus:20190311084709j:plain




奇しくも前の転換点からは20年経つ。

人生80年とは良く言われるが、そう考えてみるなら.....

20歳、40歳、60歳、80歳....見事なほどに20年刻みで”節目”は並んでいる。

そして最近じゃあ100年時代の100歳か?

そこを90歳とは言わないのが、なんだかこの20年サイクル説を後押しもする。

起点をどこに置くかは別にして、人生そんなサイクルといえばそんなサイクルだ。

 

であれば....”この20年”と”これからの20年”で同じ生き方は通用しない。

そんな...生命体としての...”なんとなくの予感”がこの3年の戸惑いを生じさせ、

今、ある程度の方向転換を目指すようになってきたということだと思う。

 

20年前の”転換”はジョギングやダイエットという成果の見えやすい種目へのチャレンジから始めたので、目標の設定やら結果やらも具体的に考えることが出来、転換に取り組みやすかった。

 

が、今はなんだかまだ漠然と「これから下り坂なんだ」と意識するだけ。

そこを「どう過ごすのか?」「どうやっていくのか?」という以前に「どんな結果が果たして正解なのか?」さえ全然見えていない。

閉塞感どころか”広がりが”あり過ぎるほどある。

 

なので”方向転換”を受け入れる覚悟は出来ても....

一体何から手をつけてよいものなのか?わからなかったんだが.....

それでも.....足りない脳みそで考えに考えていたらば....

頭の中を占拠していた「辞め時」は.....いつしか「継続」になっていた。

 

今はさらなる”悪魔”が近づいている。

「どうせもうずっと下り坂なんだぜ。これから先は辛いことや苦しいことだらけだというのに、自らそれを増やすような努力はもう要らないだろうに。出来るだけ自分を軽く、楽に、楽しく、解放してやってもバチは当たらないんじゃないの?」と。

 

今回はジョギングではなく、この悪魔のささやきに乗ってみようかと思っている。

180度とは言わないが、かなり方向の違う転換なので戸惑いは小さくないんだが....

 

サボる?

そうではないよな。

これまでの全力主義は果たして本当に良いことばかりだった?

むしろ....これまでは”焦り”を生むほどに急ぎ過ぎていた。

”力み”が出るほどに力が入り過ぎていた。

一生懸命とは言うもののこめかみに血管を浮かべた形相で人から遠ざけられたことはない?

そんなことも少なくなかっただろう?

 

もうトラブルもご免なのだよ。

残された時間は短いというのに、無駄な時間も使えば無駄にエネルギーが要るからね。

何事も出来るだけスムーズに処理できる方向に、体力無い分だけ知恵を使おうよ。

苦しいことばかりになっていくんでね。できるだけ苦しまない方法を選んだっていいじゃない。

ここまで結構苦しんできたんだからさ。

これからぐらい。

 

まだ、老後とは思っちゃいないんだけれども

「老後の生活」を軽快なものにしようという企みは怠惰な精神なのか?

 

そうじゃないだろう。

能力さえあれば「いつでも出来る」というわけじゃない

f:id:okutavianus:20190310104841j:plain

 


ブログを継続的に読んで下さる方々にはバレていると思うんだが....

数か月前ぐらいまでは、"遊び"や"趣味"を罵倒していた。

 


これはある面、遊べなくなっている、趣味の時間も取れなくなっている、”自分へ”のエールでもあったんだけれども....

若い頃は裏腹に「趣味は仕事なの?」と言われるほどによく遊んだ。

滅多になかったが...「週末を自宅で過ごす羽目になるなんて....気が狂うぞ」と思ったほどに....

 


いっぱしにも働くことに価値を見出すようになってからの....

その後悔の様は散々書いてきたので割愛。

 


ただ....「死」....ということを考てみた場合には...全く別の思考回路も出てこよう....

 


仮に今、その若い頃の趣味をやろうと思ったところで、若い頃のようにはそもそも出来ない。

ある種楽しめない。

運動神経も体力も衰えているからだ。

真似ごとのようなことは出来るかもしれない。

が、それは趣味の醍醐味に反するし、一生懸命に上達を目指している若者にも失礼だ。

簡単にまとめるなら

今、いくら金があろうとも、暇があろうとも、

「出来ない」

 


また、一人では無理が多いこともある。

車の運転しかり、交代交代で運転するから遠くにも行けたというもの....

 


つまり....あれほどに後悔のある自分の趣味や遊びは.....

一緒に遊ぶことのできる仲間も多かった”あの頃”だからやれたことであって、”いつでも”やれたわけではないし、”今”やろうと思っても出来ない.....ということだ。

ものには”時期”というものが、例え遊びや趣味のようなものにであっても....「ある」....ということ。

 


そう思うと....

まさかの....

後悔どころか....

「有難い体験」が、出来ていたのかと....

 


少しビックリ。

少し笑える。

 


そして....それは”これから”にも言えることであって....

「今だからやれること」は

大切にしないと、やっておかないと

その方が「死ぬ時に」後悔するのかと....

 


ある種「死ぬこと」への恐怖心が少し薄いのは

過去にあまり後悔がないからかもしれない。

そんなに自慢できるほどのものではないけれど....

そういやまあまあに、けっこう好き放題やってきた。

非難轟々だったことも多いけれど(笑)

それも無視するかのように思うようにやってきたかな?

嫁さんはずっと恨んでいるんだろう.......

 


「死んでもいい」というよりも

嫁さんからしたらば

「死んで欲しい」

と思われているかもしれない。

 


ものの考え方にもコペルニクス的転回はある