老人

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先日、フトした拍子に近所のお婆さんに会った。

日頃はきれいにお化粧をされているが、朝のゴミ出しの時間だったためにか、お化粧どころか入れ歯もなく、正直えらく老けて見えた。

 

こんなもんなんだろう。

自分だってそう遠くない日にそんな姿になる。

なりたくないし、ならないように努力はしているつもりだが、必ずなる。

ならない時はなる前に死んだ時だ。

 

混沌とした毎日でもあり、将来も見通せないゆえに、未来の心配は少なくない。

行き当たりバッタリで後悔しない歳でもない。

その将来は自分の老人である姿だ。

 

それこそテレビの画面には信じられないほど若さを保った芸能人が映っている。

いろいろ改造されているんだとは思うが、それにしても羨ましい。

というか、そんな人、現実の身近には居ない。

つまり...自分はそうはならない。

 

どんな中学生になるんだろう...

どんな高校生活を送るんだろう...

どんな職業に就くんだろう...

それと同じこと。

どんな老人になるんだろう。

 

行き続けてゆけば、必ず老人になる。

ならない場合は死んだ時だけ。

それほどに確実になる自分の将来は、嫌がっているだけでよいんだろうか?

昨今の葛藤はそこにもあるような気がしている。

自然の呼び声だ。

 

そういや近所のお爺さんというのをあんまり見ないんだが...

やっぱり男性は早く死んでいるんだろうか?

全くわかりません

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珍しく”連投”で。

 

テレビドラマの主人公でもあるまいし、そんなに快活で爽快な人生であるはずがないぐらいはわかっちゃいるが...

それにしても年々暗い。

”暗い”と言ってしまうには語弊があるかな?

 

人からはどう見られているのか知らないが、内面を知る自分としては、さほどに明るい方ではないと思っている。

でもま、そりゃ特別なことではなくて、誰しもそうだろ、ぐらいなことで....

 

が、暗い毎日も面白くないので、それなりの工夫や努力はしてきたつもり。

が、そりゃ行き当たりバッタリの範疇を出たものじゃないと知り、そこで始めたのがトレーニングなので、そこからもう18年になる。

が、それでも”好転”しているとは思えない。

 

というか「更に暗い方に向かっていっている」というようなことでもないんだが、紆余曲折の結果「決して良くはなってはいない」カンジなので、さらに7年前よりは「五ヶ年計画」やらなんやらも始めた。

でも好転しているとは思えない。

 

やはり、少子高齢化に向かう日本だからなのか?

所詮はアメリカに支配される属国だからなのか?

成熟国家とはこんなものなのか?

単に歳をとっているのか?

ひょっとしたら方向間違えてんのか?

もともと人生こんなものなのか?

 

全くわかりません。

 

ただ...苦悩とまでは言わないものの、悶々とした毎日なので、やたら華やかになってきたテレビの画面には正直嫉妬が沸くようになっている。

そんなゆがんだ人間じゃいかんと自制してはいるんだが....「...に、比べて何やってんだ俺は...」ってな時がある。

 

オリンピックもスポーツ競技もニュースもお笑いも歌番組もドラマもワイドショーも特番も、

どこかの政権と一緒で、「勝ち組仲間での盛り上がり」のように見えてしまう。

 

かつての番組じゃあ、不出来だったのか、まだまだ未熟だったのか?

もうちょっと格好悪いところたくさんあって、

もうちょっとみっともないものもたくさんあって、

もうちょっとダサいものたくさんあって、

そんなに羨ましい場所でもないんだろうな、って思えたもんだが...

今じゃもうあたかも東京の夜景のように俺の身の回りとは比べ物にならないぐらいの華やかで、毎度賑やかしい....

 

に比べて....

というか比べる必要ももともと無いんだが...

俺の日常はどんどん淋しくなっている...

気がする。

 

ともに現実だ。

テレビの画面の中身とて、作り物であっても、夢じゃない。

 

先日も軽い同窓会があった。

けっこう頻繁にあるんだが....

年々淋しいものになっていると感じているのは自分だけじゃないような気がした。

ゆっくり

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盆休みの入口で”所感”のようなものを書いたんだが...

あっという間に出口になった。

明日からは仕事だ。

 

とりあえずは休みに予定していたことはほぼ出来た。

というか...珍しく、”仕事”には一切タッチしていない。今のところ。

ある意味それを目指してもいた。

 

そして昨晩は...思いっきり、寝てみた。

驚くなかれ13時間も寝た。

 

寝不足であり、疲れているとはわかっていたが...

大体早起きの方なので、自分が驚いた(笑)

 

ということで....

今日は一日かけて”ゆっくりと”

明日からの仕事の準備に入る。

 

自分に限ったことじゃなく、

”普通は”十分な準備の時間なんか与えてもらえるはずもなく、

それ自体も贅沢なことだと思うが...

やっぱり常日頃は急ぎ過ぎているな....とは思う。

 

この4日間は「仕事はしない」としたことで、他のことがたくさん出来たというわけでもない。

ただ...それぞれのことが、いつもより、多少でも、余裕をもって出来たようには思う。

 

ノンビリしているようだが、トレーニングも遅れてはいないし、庭の整備も怠りない。

ノンビリしているからこそ、そういったところにも気が使えているカンジもする。

 

さあさ、仕事の方あまり楽観視できない。

が、こればかしは、自分のルールで動いていることじゃあないんで、対応してゆくしかない。

 

また、休めない日が続く...

今日はゆっくり準備をしよう。

後悔

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ようやく休みに辿りつくカンジ。

昨年末はここから確か3日ほど寝込んだ。

この”ホッとした感じ”が怪しい。

すでに半分ぐらい思考が停止してきた。

よく休みたい。

 


弱音や愚痴は極力吐かないようにこれでも気を付けているつもり。

特にリアルの世界じゃあ。

 

別に格好つけているわけじゃない。

多分...吐くのに慣れてしまうと、というか吐くことに抵抗がなくなると...

毎日のように”自然に”吐き続けるようになるだろうから。

 

そんなことを意識しなかった若い時期には、そういう事も少なくなかったように思うが....

聞きたくもない愚痴を聞かされて(本人は愚痴ではなく理論のように装っていた気分だと思うんだが....)

聞きたくもない言い訳を聞かされた友人らにはさぞかし迷惑をかけたかもしれない。

それも嫌だ。

 

が、それだけじゃない。

後悔を分断して材料として未来の資料にする分には有効な手段だと思うが、後悔した場面を「やり直せたら?...」の想像バージョンは...

何にもならない時間だと言い聞かせている。

その夢から醒めた自分がより虚しくなる。

 

そして、もう一つ。

幸いなことに?

もうどうしょうもない時期にきているというのが大きいような気がする

 

陸上競技を志してみたとしよう。

自分には何が向いているのか?よくわからないものの...

距離数で平均的な大方平均の1500mあたりの選手になろうとしたとしよう。

 

そんなんで社会に登場したようなもんだ。

それが、今となって、

「100mのが向いていたのかな?」

と”確信”したとしたらどうなる?

いや、してもどうなる?

もう、どうにも出来ない。ほとんど。

800mの選手や3000mの選手には転向できるかもしれない。

それでもその可能性すらかなり低くなっている。

 

どれだけ走ることが苦手だとわかってきたとしても....

そこへの努力が非効率だとわかってきたとしても....

今更にゃあ転向できないぐらいの年齢になってきているということ。

 

そんな時に砲丸投げ三段跳びがいかに楽しそうで、いかに効率的に思えたとしても....

もう...遅い...わけだ。

 

少なくともそんな年齢には居ると思う。

なので...

今更....

後悔することも出来ない(意味のない)年齢だということ。

 

すっぱりと「これからのことだけ」なんて事が言えるようになってきたのも、特別健康的なわけでもなく、前向きでもなく...

ただ...それしかないってことが浮き彫りになってきた年齢だということだけ。

 

本当にそう思う。

 

カラダも出来ない後悔に慣れてきているのか?後悔してみたくても、そんな時は思考が停止して...

ただただボンヤリしてしまうだけだ。

そして....なんとなく、涼しいような、寂しいような、虚しいような、

そんな気分に包まれる。

 

それに絡み獲られるのはマズいだろうと、

なるべく早く離れようとはしている。

 

格好つけの大切さ

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さほど用事が多いとも思えないんだが、相変わらずノンビリしている暇はなく、何かと追われている。

この7年間ほど、ずっとこんな調子だ。

暇じゃないので退屈することはないけれど...なんだかいつも慌てている。

なぜかしら急いでいる。

少しでも早くしなきゃと焦っている。

 

もちろんそれが”普通の状態”なので、特別意識もしないんだが...

こうして文章にしてみると....そんなんで....

落ち着いた考え方が出来るのか?

良い考えが浮かぶのか?

いい加減な処理しかしてないんじゃないのか?

という疑念も出てくる。

 

もちろん、そうはならないように気をつけてはいるつもりだが...

否定はできないだろうなぁ...

 

”混沌と”というよりは、何もかもがカブっているので、というか同時進行が多くなっているので、片付けがままならなくなっている。

いや、準備もいい加減になってくる。

 

一応体裁気をつけなきゃいけない仕事なんで、それなりの服装は最低限気を付けるようにはしているけど...

パンツがいい加減、靴下がいい加減、ってな”見えなきゃま、いいか”ってな具合になる。

 

が、これは多分服装に限った話じゃない。

こうなっているときは、多分、他のことも”見えてなきゃま、いいか”になっているんだろう。

十二分に思い当たる。

 

本人、我武者羅に、焦りつつも、それでも充実も少し感じながら、やっているつもりなんだけど....

ふとした拍子にビルのガラスに映った自分の姿は、髪の毛ボッサボサで異常に焦った顔つきだったり....

せっかくのスリムなスラックスのポケットが荷物でパンパンで、スリムの意味がなんもなかったり....

あれやこれやと同時に出来るはずもないぐらいに荷物を持ち過ぎて、休憩しなきゃ動けないほどになっていたり....

 

するわけだ。

 

で、そんな自分を発見したときには、毎度のように思う。

 

随分格好悪くなっている。

と。

 

別に容姿も良かないし、格好良いような能力もないけれど....

考えてみりゃあ、暇を作らないために、「さらに格好悪く見せている」ようなものになっている。

あえて「格好悪く」なろうとしているようでもある。

 

夏は特にそう。

暑いので、もう細かなことまで気をつけることが面倒臭くなっているんだろう。

いろいろなことが「ま、いいか」で、フト気が付いたときには、随分とだらしなくなっている。

 

今、そんなところ。

 

そして、そんな時は、とりあえず、下着から靴下までケチらず、パリっとした服装をし、荷物を最小限にする。

下地素材は格好良かない人間だが、それでも格好をつけてみる、というわけ。

 

”リセット”にはなるんだろうか?

無駄な抵抗なんだろうか?

答えはわかっちゃいないけど....

 

とりあえず、これ以上だらしなくなるのは阻止したいかと。

意外と悪くない

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懐かしい。

 

かつてはここに居た。

ここの中心に居た。

かたくなに戻るまいとしてきたが...

そんな意固地にならなくても...

たまにゃ

気軽に

いいかな?とか...

まあ、忙しいので、ニオイだけでも味わえただけ....

 

悪くないかな?

 

不惑の年

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自分じゃこれでもその都度多少は整理整頓しながら....

完璧じゃあないけど、それなりに環境も考え方も精選しながらやってきているつもりなんだけど....

所有物を見てみると、そうじゃないことは一目瞭然だ。

こうやって書いているのとは大違いに、迷いに迷い、いや、彷徨いに彷徨って、いまだに未練たらたらなものを捨てきれずに所有しているということは....

諦めきれずにひきずっている...という証拠でもあるんだろう。

 

「もったいない」

という気持がみっともないとは思わない。

それも間違っていないし、悪い選択でもない。

意外な場面で再び脚光浴びたり、直して使えて重宝したりする。

 

が、例えばランドセルを二度と背負わないように...

電卓どころか表計算ソフトが当たり前の時代にそろばんで実務を行わないように....

おそらく、もう二度と、使わない道具もある。

 

いやいやそういったものも....というノスタルジックな話じゃない。

より前に進んで行き安い態勢作りを考えているわけだ。

 

整理整頓しながら進んできた...と言うものの、自分の脳みそを本棚に例えるなら...

もう今じゃ完全に趣味から外れてしまっていたり、好きでもないし、二度と読まないと思えるものまでとってある。

もう何十年も読まずに、保有していることさえ忘れているのに、とってあったりする。

んじゃないのか?

必要のないものがけっこうぎっしり残っていて、

必要なものが見つけられなくなっていたり...

後ろ髪惹かれる思いにかられて、新たな一歩を踏み出せなくしている....ってことはないのか?

 

昨日街中で、若かりし頃自分がしていたようなファッションの方を見かけた。

年齢も自分と同世代のようだった。

どんな格好しようとご自由なんだが...

正直おかしい。

おかしかった。

若い頃に戻っているように見えて羨ましい...んじゃなく、随分とおかしい...としか見えなかった。

 

多分...自分が着てもそういうことなんだろう。

 

身につけるものばかりじゃない。

今”そこ”に執着したり、今”そう”考えること自体、この年齢になってしまうと随分と似合わないものも増えているってことだ。

 

なんていうのかな?

幼虫のまま飛ぼうとしたらおかしいだろうし、成虫になっているのに土の中に戻ろうとしたらおかしいだろうし...

それぐらいのズレは生じているというか、それぐらいの年月は経っているんだろうな、と。

 

若さは維持したいし、老け込むつもりもないが...

それがために「みっともなくなっている」ってのに気が付かないってのも...

 

気がつきゃけっこう早くに時は過ぎていて...

あっという間に三十年過ぎていた....なんてことも少なくない。

三十年前の”意識”が似合うってのも難しいだろうし、通用するってのも....おかしいはずだよな。

 

そこらあたりの整理整頓は難しいんだろうが....

さらに前進してゆくつもりなら...

必要なんだろうなぁ....

 

一体いくつになったら不惑の年に至れることやら(笑)....