無知ゆえの暴走

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昨日の続きになる。

自分の人生を大まかに総括するなら....

まあ、「無知ゆえの暴走」ということになろう。

 


哀しいけど一番身近な”本人”の言うところなので、かなり間違いはない。

それが三代続いてしまった。

良い点?などあるわけないが、それでもそれなりの効果?を上げるとするならば....

「無知なればこその怖い者なし」だったり「無知なればこその自惚れ」があったことだろう。

思わぬ収穫につながった....ことも....あるにはある。

 


が、次いで面倒臭い性分には....しかもそれを...あえて周囲にも告れ知らせたがる。

「どう、見ていなよ」というように....ってのがある。

傍から見たらば程度の低い自慢なんだが....ご自分は「大得意」ってヤツだ。

 


そんな三代だった。

そんな三代をもてはやす家庭で育った。

そんな三代をもてはやす家庭で育っていることに気が付かなかった。

 


言い広めたがるほどに力量なんかあったわけじゃない。

が、比較考量ならぬ比較効果とでも言おうか....

まわりに弱者や敗者や力量の無い者を置いておくことで、相対的に自分の地位を高める手法にだけはたけていた。

 


....あたかも自分は集団の中で”さも”優れているかのように見せる(周りにも自分にも)ことだけは上手だった....

典型的な「井戸の中の蛙」手法だ。

 


それぞれの代の証拠の品も見てきた。

自分にも使わないような意味不明の資格とかあったりする。

中でも多いのが趣味の自慢。

確かに有段者とか、なんかの大会での表彰とかは少なくない。

が、それはあくまでも趣味だ。

趣味に一生懸命であることを否定すべきでもないかもしれないが、だからといって

「仕事を一生懸命頑張っていること」と同位に言うべきではないし、そのように伝えるべきではないだろう。

が、三代とも本道でさえない自分を隠すかのように趣味での実績を利用した。

趣味に活躍する自分の姿を見せることで、あたかも人生の困難にも堂々と立ち向かっているかのように演出した。

その分...本業からは逃げてきたくせに。

 


伝えられてきた”家系”では地元の名士だったらしいのに....

かつては旅籠の若旦那だったらしいのに....

明治時代では珍しい大学卒業だったらしいのに....

まあ、全部願望からの作り話だったんだろう....

自分が調べたところでは、墓の継承さえ途切れてしまった貧乏百姓の出だ。

家系や経歴を誤魔化した作り話を考えている暇があったなら...

未来への努力にその分だけでも力をそそいでりゃよかったものを...

そういうことはせずに....遊びに出かけていたということなんだろう....

 


簡単な話、誰かが井戸を出てしまえば良かっただけのこと....

でも、出なかった。

いろいろ言い訳して出ようとはしなかった。

どうしてか?居心地がまんざらでもなかったからなんだろう。

そして....居心地の悪い周囲の者達が去っていった。

だから、法事をやっても誰も来ないということ。

 


自分はたまたまに出てしまった。

親と仲良くなかっために、家を離れてしまった。

で、出てみてビックリ....

自分に沁み着いていた”我が家の伝統”のようなものは、実は世の中では通用しない伝統(手法)だったから。

ただ....気が付いたのは随分と遅く....「やり直し」は効かない年齢になっていた。

なので、「同じ過ちは繰り返さない」程度を留意するにとどまった。

 


哀しいかなそれがここまでの自分の人生の総括だと思う。

あまり明るくない。

 


しかしながらその割には悲惨な暮らしにも今のところはなっていない。

いつもギリギリのところで家訓を裏切り、親の言うことを聞かなかったことが功を成してきたんだと思う。

間一髪で人並みの人生のはしくれに飛びついてきた。

そして今もなお、ギリギリとはいえどもはしくれをつかんでいる。

 


が、このような人生にもいよいよ終焉は近づいてきたかな?と。

もう少し頑張っていたかったが、じゃああと何年と言われると具体的に思い浮かぶわけでもない。

ましてや、この暑さの中では正直、もうボチボチ楽にやってゆきたい。

とか、思う。

 


まあ、「頑張れる限りは頑張る」という”気持ち”の基本方針は変わらないが、正直”結果”は頑張ったモノではなくなってきているので、責任は取る日は近づいていると思っている。

その処理も簡単なものではなく、秘密裏で、慎重で、つまり孤独で、一年はかかるだろうと見ている。

その後が第二の人生のスタートか?

つまり....

「責任を取る覚悟」

「後始末」

「その後の人生」

が代わる代わるに脳裏に浮かんでいる最中で、ただでさえ朦朧としているのに、余計に頭が回らない。

せめて気温が平年並みになってくれるといいんだが.....(苦笑)

 


深刻になるほど反省しているわけでもないんだが...あまり...肝心なことは話さなくなっている。

大して肝心でもないのに、重要でもないのに、やたら大袈裟に触れまわっていた先人達のDNAは必ず自分にもあるんだろうと...

それがひいては「無知であるからこその暴走」につながり、結果大騒ぎする割にはいつも何も残せないと...

そんなことを自覚するところから第二の人生はスタートした方が良いかなとか....

 


世の中には素晴らしい生き方や考え方をされる方が山ほど居らっしゃる。

そういう方々はそれにも足りずにさらに修練を積もうとされる。

のような世の中にあっては....

消えてしまった方が、

途切れてしまった方が、

途絶えさせてしまった方が、

人類の為になるということもあるんだと思う。

 


私自身は....そこから....

地味な一平卒で出来ることはないだろうかと...

とか、考える方が良いのではないかと思ったりしている。

消えてしまった方が良いものもある

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「次のステージ」に進む前に、これまでの人生も総括しておかないと....

と、さほど真剣に考えているわけでもないが、「同じ失敗は二度繰り返さない」ためにも、たまにボンヤリ振り返っている。

 


最大の誤算というか、無知は、

「小心者のクセして自惚れ屋で自慢しいで本業よりも快楽優先の三代続く遊び人」のクセして...

「我が家は優秀だけど運の無かった努力家の一家」と本気で思い込んで伝えてきたアホな一家の三代目であったこと。だ。

 


私の家には親戚というものが居ない。

いや、血縁では居ることなっているのだが、お目にかからない。

父方だけでなく母方も、

それが何よりもの証拠。

皆、わが一家と付き合うのは...コリゴリと言うわけ。

それを...「近づき難いかな?」と思い込んでいる馬鹿な一家ということ。

 


三代目などと思うはずもなかった。

運命に逆らってもきたつもりだった。

が、相当に強烈なDNAなのだろう。

そう言われて見直してみるならば....あれも、これも....と...

 


”結婚”はそれを断ち切る機会だと思っていた。

しかしながら血縁というものはさほどに簡単には行かない。

 


まあ、さほどに頑なに考えているわけでもない。

が、やっぱり続けるべき血筋でもないと思っている。

自分の代で途絶える....

いやさ、あえて途絶えさせた方が....良いだろうと。

 


自分の人生での失敗はほぼそこから派生していたと想像できる。

”後悔”

ではなく、せめて気が付いてからは改めていきたいと....

別にあえて誰かに宣言するわけでもないけど...

強がっているから若いというわけでもない

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面白いものを入手したので、少し書きくわえて見た。

少し古いが文科省の調査によるものなので、嘘ではないだろう。

 


この手の話になると、希望を失いたくないがためか、「体力だけじゃない」「経験値が....」「人望が....」という話にすり替えられる方々も居るのだが....

それを否定するわけでもないし、それならそれを信頼して生きて頂ければ良いので、私の考え方など無視して頂いて結構。

非力な私は少しでも科学的な分析に基づいて無駄の無い努力を見つけないことには”徒労に終わって”いられない。

しかも....残された余生にあまり時間があるとも思えない。

 


かといって詳しい分析をするわけじゃないが...

自分(ひょっとしたら多くの人は)希望願望を含めて、自分の能力の劣化をB:握力のように思っている(思っていたい)のだと思う。

しかし、現実としては全てではないかもしれないが、A:シャトルランのように落ちぶれてしまう部分もあるわけだ。

それは恐らく”認めたくはない劣化”なのだろう。

 


様々なスポーツ番組や健康番組のある現在、にわか健康マンとして、私のように”希望想定ライン”を描いている人は多いし、ひょっとしたらば実現させている人も居るかもしれない。

実際私自身3年ほど前までは「そうだ」と確信していた。

現にそれを支えるトレーニングもしている。

なので、文科省調査通りのグラフの延長には居ないと思っているのだが....

それでも、「希望想定ラインに居るはずがない」ことはもう承知した。

 


哀しいとか残念とか、精神論はさておいて....

これを無視した時にはどうなるかと言えば...

怪我につながる、疲労につながる、つまりは健康を害する....ことになろう。

 


脳内文化や精神文化がカラダとは別のモノというわけのわからない信者の方には申し訳ないのだが....

そんなもの自分のカラダの中にワンセットで収まっているのだから、「全部つながっている」。

もしくは「同じモノ」だ。

すれば....Aとは断定できなくとも、せめてAとBの中間ぐらいの劣化路線にあると思うのが....

自然というものだ。

 


私の希望想定ラインを見ていただければわかるように、全く”自然”からはほど遠い。

ゆえに”努力”が必要と、頑張ってきたつもりだが...

多分....あの剛速球江川氏がかつての投球をリアルには再現できないように、無理なことは無理な年齢になっているのである。

 


が、人間諦めが悪いので、「これはあくまでも体力の話」として、脳の活動やら、精神の活動やら(これも普通は脳だと思うんだけど)は”別”にしたがる。

自分もそのような傾向はあったかな?

 


しかし、それは科学的に人間が生き物である以上...「無理な話」ということだ。

 


何もかもを諦めた....という話じゃない。

でも、毎日素振りをしたところで、プロ野球の選手になれる年齢じゃないということ。

毎日の素振りは自分にとっては無駄な努力でしかないということ。

少しでも、残りの人生を豊かなモノにしたいのなら、すべきことは毎日の素振りではないということ。

それにしては、”毎日の素振りのようなこと”をたくさん見つけてきては、実践し、それでへとへとになっていたということ。

そのような努力の方向を切り替えていく時期が到来したのだろうということ。

 


それをグラフにハメて見たらば....

妙に自分に説得力があったかな?と。

 


毎日考えているし、毎日悩んでもいる。

しかし....その割には、”焦る気持ち”が出てこない。

いや、”急ぐ”とか、”焦る”ことすら、出来なくなってきているのかもしれない。

と、思うようになっていたらば、こんなグラフに出っ食わした。

 


下手をするならば進行方向が真逆になるかもしれないほどの方向転換ゆえに、かなりの体力あったとしても、「軽くUターン」なんか出来る事態じゃないんだろう。

その上に”劣化している”。

ならば方向転換し終わるまでは、牛歩にも及ばないほどのノロさで、ゆっくり方向を定めていくしかないのかもしれない。

なので、「出来ていない」フラストレーションは余計にたまるんだが....

A:20mシャトルランのグラフに自分を当てはめてみるならば....

「そらましゃーないかな」と。

 

 

 

なんだか久しぶり

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何度も”同じ話”はやめよう....

 


というか....別に”同じ話”をしたいわけじゃないんだが....

間が空き過ぎて前回話したことを忘れてしまっているので....

”同じ話”が登場しているんだと....思う。

 


それだけ....

同じ場所に留まっているということなんだろうね。

 


...ということで、今回はそこから少し脱出してみたい。

 


かつては....

なんやかんや言っても。

なんやかんや言っていても。

”趣味”を拠り所にしていた。

あるいは....

”趣味の仲間”を拠り所にしていた。

 


ということは....

”そこ”を切ってしまうなら....

随分と”孤独”になる。

”孤独”になれる。

 


のがわかっていて....

何故だか数年前にそうした。

ら、

不思議なことに他とも縁がどんどん切れていった。

 


いわゆる....”友達”は随分と少なくなったので、”遊ぶ”には不便になっている。

そして....間も空く。

が、意外にも....本当に意外なんだが...寂しいという気持ちが沸かない。

 


こんなものワザと沸き出すものでもないだろう。

そう。

そういうこと。

 


そんな”彼ら”と結びついていた”道具”が山ほどある。

再び....脚光とまではいかないものの、そこで楽しみたいという気持ちがないわけでもない。

が.....

そこが「鍵」なのかな?とは感じている。

 


”趣味”が悪いわけじゃない。

かつて....”そこ”に没頭出来ていた自分は、ある程度人生が確定できていた。

”いわゆる”....「問題を起こさなければ」...”まあまあの安泰”を自由を差し出す代わりに保障されるという立場だった。

 


それは....「幸せの泉」だったのかもしれないけど...

自分には「恐怖の沼地」に見えて....

そこから立ち去った。

 


”それ”に後悔するつもりはない。

ただ....

そのくせして...

”覚悟”が無かった。

”ここ”が大誤算。

 


そういうことが人生遅まきになって”今”わかってきた。

というか....”思い知らされるハメ”になってきているというのが正解か?

 


だから”今”は趣味を遠ざけている。

いや、正確には「ストレス発散」とか言っちゃって、時折やっちゃってもいるんだが....

でも、かつてのことを思うと....

遠ざけている。

 

 

というか....”やっている”ことを公言しない。

 


そんな中でSNS全盛の中、旧友らの楽しい趣味の活動記録が、静止画で、動画で、配信される。

付き合いが続いていたならば...”自分のアホ顔も”さらされていたんだろう。

 


それが嫌という訳じゃない。

が、”今現在の”自分の悩み、自分の思い、自分の目標....etc

と、余りにも違い過ぎる。

余りにも違い過ぎて....

かつて肌を接するほどに身近だった知合いが....

まさに”会ったこともない画面の中の人”に見えている。

 


少し冷静になる。

 


昨今の状況は、仕事なんか辞めてしまって再び趣味の世界で没頭できないことも.....

ない、状況にもなっている....

それももう一つの人生か?のように....

なっているんだが.....

 


それでも....とりあえず....

 


俺は”趣味”より、仕事しようかな、と。

その仕事が窮地に追い込まれていて、もう最終局面であっても...

もうちょっと...仕事をい優先しようかな?と。

 


多分....”ターニングポイント”ってのはそんなもんだったんだ。昔も。

いわゆる”頑張り所”....

で、俺は...

”なんとなく酔っ払ったままで居たくて。”

”なんとなく気軽になりたくて”

”なんとなく見栄を張って”

”なんとなく....深くは考えたくなくって”.....

”そんな気持ち”

がバレるのが嫌で....

”趣味であっても、そこに”命を賭けてるんで”ってな”顔”で....

誤魔化してきたんだろうね。

”オレ”は。

 


イヤイヤ...”本人”だから、よーくわかっている。

哀しいほどに。

 

 

ということが想像出来たので....

ええ歳こいた自分は、今回ぐらいは...

ちょっと趣味に逃げずに踏みとどまってみようかな?と。

 


ま、そんなところ。

 


こういう挑戦の機会も残り少ないと思うので。(笑)

 


ただ....

残念なことに....

”家族”は極めて無関心。

 


ま、そこは深く考えない方が良いんだろう。

”オレ”の問題だ。

同感!

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リーマンショックから10年になる。

 


そんな”ショック”が起こる前から予測されてはいた。

サブプライムローンなるものはいつか必ず破綻すると。

 


が、そんな大規模な破綻など私に止められるはずもない。

で....大した防御も出来ずに、思いっきり喰らった。

 


いきなりドカーンと...という印象ではなかった。

むしろ、発端からジワジワと1年ぐらいかけて、「どうしようもないじゃないか....」状態が続いたように記憶している。

なので....兆候から1年経ったぐらいで....耐え切れなくなり...職を変えざるをえないと思った。

 


そんなアイデアは誰しも浮かぶところだろう。

が、わかっていても変えられない事情もある。

変えた方が被害が少ないとわかっていても....

 


「踏みとどまった」という気持ちではなかったように思う。

ただ、なすすべなく、アイデア浮かばず....「耐えるのみ」を選択したように思う。

 


希望は.....

「何年耐えられるか」だった。

1年じゃあ儚過ぎるので、3年区切りかと想定した。

「3年耐えたら合格だ」と思った。

3年耐えたら....変更するよりマシだった....と、思おうと思った。

 


「6年耐えたら...」...もう十分だと自分に言ってやろうと思っていた。

”今”はもう過ぎてしまったけれど...6年耐えられる可能性は50%切っていると考えていた。

 


なので...「9年」...はあまり真面目に考えていなかった。

そりゃあ「耐えられれば...」嬉しいが、その可能性が考えられなかったので、具体的な想像が出来なかった....んだと思う。

 


先日...その「満9年」を迎えた。

色々忙しかったこともあるが....意外にもアッサリと迎えた。

その後にも次から次へと災難が沸いてきているので、正直もう9年前の感傷に浸っていられる場合でもなくなっていた。

なので....達成したことを知ったことすら....少しタイムラグがあったりして妙な気分だ。

 


でも....「有り得なかったはずの9年」...を...「継続して耐えられてきた」....のかと思った。

 


そりゃあ「これで終わりになる」事態が起きていても仕方が無い。

なんせ「有り得なかったはず」の地点まで到達距離を伸ばしてきたんだから、いつ「限界」に到達してもおかしかないだろうということだ。

 


...そんなこともあるのだろうか....

いまだ「境地に達した」にはほど遠いんだが....

「終了」....というよりは「新たな節目のスタートなのかな?」という心境が増えてきている。

 


リーマンショックからザックリ10年...ということよりも、トータルでの生活年齢による環境の変化が目立つようになってきた。

親の介護が必要だ。

孫が生まれた。

役職定年になった。

リストラされた。

また入院だ。

等々....自分の事ではないけれど....そんな年齢だ。

「オレは泣き言言わない」と、若ぶって、強がってきたけど....

「現実」を無視したような強振で「空振り」が増えてきたように思う。

一言で言うなら....「身の程知らず」というところか....

 


「有り得なかったはずの9年」に到達してみれば....そこには9年前の感情はもうあまり残っていなかった。

むしろ9年前に抱いていたのと似たような...「これからの不安」のが圧倒的に多い。

ん?ということは....

何年経っても一緒?

ということなのか?

 


でも、確実に”今”は転機になっていて、毎日色々な変化が訪れる。

今までが単に見えない、聞こえないようにしていただけで、ずっとこうだったかもしれない....ぐらいに....

これまでとは違う”変化”がやってくる。

なので....やっぱり「これまでとは違うやり方、考え方、生き方....を模索する時期がやってきた」と思う”覚悟”は正解なんだとは思う。

 


”思っている”だけじゃあ何も変わらないことぐらいはわかる年齢にもなってきているので....

ともかく実行しなければ....とは思うんだが、なんせ「何もかもを捨てた」というわけでもないので、余計に忙しくなってしまって....

まあ、どっかで聞いたような....

「ゆっくりでも止まらなければけっこう進む」だったかな?

そんな心境でやろうかと....

 


と、思っていたところsetaさんがとても良い文章更新されていて....

「まず一個やる」だね。

本当に。

動き出す

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いまだ”終了”の覚悟は固まっていないんだが...

”好転”は期待しなくなっている。

”未来の工程表”なるものもいくつか作成しているが、それも全部”低め”に書き換えた。

さらに”低め”に書き換える日も来るかもしれないとも思っている。

 


いや、そんな高度な次元じゃない。

自分が今やらなければならないことは....

「逃げないことだけ」だ....と思っている。

とりあえずこの事態から逃げずに収拾をつけること...

それが自分の役割だと思っている。

 


細かな努力は別にして....

とりあえず「逃げていない」ので今日も合格だ。

 


それでいいと思っている。

そりゃあ”立派な心構え”を持っていた方がよかろう。

優秀な対策を立てることも有効だろう。

が、格好よく立ち回ったところで....

事態の収拾をはからずに”逃げて”しまうなら....終わりだ。

多分一生後悔を残す。

さらには....簡単な事態ではないので、本当にあれやこれやと考える。

どこかの大学やお役所じゃないが、上手に切り抜けられる方法はないものか?と願ったりもする。

が、それでパニックになって冷静さを失うぐらいならば....

「逃げなかった」だけで”良し”としてやろうと思っている。

それさえ守れば....”終了”後も堂々としていられる....と期待している。

 


が、”逃げてなければ良い”だけではあまりにも策が無さ過ぎるので、衰退に向けて?の具体的な努力も始めたい。

....でも忙しい....

というジレンマの中で...前回の記事にも書いた”減らす”ということを手がけ始めた。

 


それで....本当に、あっさりと、周囲を見回しただけなのに....

不要なものの多いこと。

多分....まだまだ”拡大の人生”が続くと思っていたからこそ”必要かも?”ととっておいたモノが....衰退の人生なら「要らない」ということがハッキリしてしまうようだ....

 


そういったモノを見ていると、自分は永久の命でも保有して、ずっと上り坂の人生があるように、錯覚していたのか?位思える。

それはある意味前向きと言えるのかもしれないが....自然の摂理を無視するほどに傲慢ということでもあろう。

人間は永久の生き物じゃない。

 


つまり....今じゃなく、もっと以前からでも、見切りをつけておくべきだった部分が....

ぜ~んぶ残っている....

と言っても過言じゃない始末なんだろう。

いつまでも若いつもりでいるのは結構なことだけど....

出来ないことまで出来るかのように思っているのは自惚れだ。

そういうことがよくわかる身の回りの品々だ。

 


一挙に整理できればスッキリもするのだろうけど....

未来を見通す目が無かったからこそ残してきたモノであり、その程度の能力しかないくせして、急に慌てても、また狂った判断をしてしまうだろう。

最悪....必要なモノを捨てて、不要なモノを残してしまったり...とか....

 


なので一日一つ。

一日一つ処分できれば、一歩”衰退”に寄り添えたとしよう。

”衰退”に寄り添うというのも変な話だが....”衰退”してるんだから逆らっても仕方が無い。

仲良く”衰退”してゆかなければ。

 


一昨日は有料会員カードを一つ退会した。

歳を食ったら入会できないだろうと入っておいたモノだが、もう3,4年経つのに使っていない。

年会費だけが落ちていた。

こういったモノも、将来に期待して放置していたわけだ。

 


昨日は靴底を修理に出した。

ん?捨ててないじゃないかと....

違う、新品一つ買おうかというところを修理にしてやめた....ということ。

 


今まではこういうことを節約だと思っていたが....

今はそうは感じていない。

使わないものまで持つ必要がない。

買う必要もない。

単にそういうこと。

 


PC内のファイルもそうなんだろう。

きっと恐ろしいぐらい不要なファイルはあるはずだ。

脳みその中も同じ。

毎日一つずつ...整理してゆこう....

それじゃ追いつかないだろうけど....

何もしないよりはマシなはず。

 


少なくとも夢のような期待を賭けて....

描いてもいなかった絵を描き始めるよりはマシだと思う。

 


そういえば....

毎晩晩酌をオカズを一品買って帰るんだが....

今日からヤメ。

大体少し太り始めてきたというのに....

 


なんか無駄ばっかだったんだよなぁ....

減らす人生

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人生における”三度の大きな転換期”の一度目に、絵を描いていた時期があった。

が、その時に描いた絵は10年ほど前に全部捨てた。

気持ち悪い絵だったからだ。

全然上手くない。

何もかもおかしい。

ここまで下手じゃない....はずなのに....

 


動機が不純というよりも...描きたい気持ちが無いままに描いている絵なのでおかしいのだ。

病んでいる....とまでは言わないが....気持ちの入っていない小説の文章のようなもんだと言えばおわかりになるか....

形はある、色もある、額にも入っている....サマはいっぱしなんだけど....

”変な”としか感じない絵だった。

 


似たようなことがあった。

とても魅力的な文章を書くブログを知って、自分も始めた頃....

けっこう気取って書き始めた...

が、やっぱり気持ち悪い文章なのだ。

書きたいことを書いているのではなく、自分も上手いと褒められたくて書いていたんだろう....

文字が並んでいるだけの....

”変な”文章を残しただけだったので....気が付いた時に...全部削除した。

 


そういった経験から、このような状態にある時には、それまで努力していなかった突拍子もないことに頼るのはやめている。

 


動揺と後悔から二週間。

事が事だけに簡単に切り替えられることも期待していない。

が、原因の追究は反省のためにも必要だと思っているが、原因の後悔は深堀しなくなってきている。

もうそんなことに時間を使ったところでこれから先に役に立つこともないだろうに。

 


確定したことは

下山の人生に入ったということであり

ダウンサイジングの必要性が出てきたということ。

いわゆる下降路線であり、縮小路線ということ。

それはもう否定しないし、否定できないとの覚悟も芽生えてきた。

 


漢字で書くと寂しいことだが、じゃあ歳を重ねるごとにイチローは活躍を拡大できたか?

....そういうことだと思う。

イチローでさえそうなのだから....

自分程度にしては、よく持った方なのかもしれない。

 


さらにわかってきたことは....

見えてきた路線変更とて....

急に出来るものではないということ。

うまくやれる確証もないということ。

まさに下山であって、ナメていたらば足を滑らせて滑落するということ。

でも....下山をしないとしたらば....

下山を躊躇するならば...

頂上で凍死するということ。

ん?

尾崎豊坂井泉水は頂上での凍死を選んだのだろうか?

そのような生き方を否定する権利は自分には無いが....

自然であればそれも運命であるものの、自らの作為的行為なら....

やっぱり選択すべき道ではないのだろう。

 


誰しも縮小したくないし、下り坂の人生にはしたくない。

であれば当然に消極的にもなる。

今現在....少々の覚悟は出てきたものの、そんな心境だ。

 


しかしながらリストラを告知されたりした日には、ゴネていても確実にその日に近づいて行く。

リストラ後のことを考えずにゴネてゴネて時間を消費してしまってリストラ直後に路頭に迷うのは準備の無かった自分だ。

そういうことと同じことが起きないだろうか....

 


なので、どうせなら、積極的にその準備を始めてみようかと思えてきている。

いや、急転回は出来ないが、例えば...保有しているだけでも金のかかることだってあることだし...

やることも増えるんだから、そうあれもこれもと触っていられなくなるだろうし....

ならば、余分なモノを整理し始めるとか....

 


そもそもに....幾分かにでも身軽になった方が転回はしやすいだろうし....

かつての栄光に女々しくなることもない。

身軽になったればこそ見えてくる景色やヒントだってあるかもしれないし....

 


なんか断舎利のようだが....

そこまでには至らないだろう。

それこそこれまでしてこなかった人間性のくせして....それを標榜するのは断舎利の人やミニマリストさんに失礼だ。

ただ....

モノを増やす人生から減らす人生になって行くことは....案外心地良いものなのかもしれない。

全く体験していない分野なんだけど.....

 


正直これまでは過分にモノを増やしてきたと思う。

自分の収入や立場に不釣合いなほどに大きなモノを所有し持て余していたとも思う。

そうするがために、自分をスリ減らす人生でもあったように思う。

特にこの7年。

そんな見栄張りな生き方を見直す時期だともいうことか.....