緊箍児

小舟から...鉄の斧...そして...

急いでいるから身につかない

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「ゴール」を過ぎて三週間になるんだが...

「ゴール」に向かっていた頃と生活は何も変わっていない...

むしろ...時節柄忙しくなっているぐらいで...

どこの、何が、ゴールだったのか?

あえて考えてみないとわからないぐらいだ(笑)

 

ただ...

ブログを書くようになってから「見つけた」自分の中の習性は修正したいと考えている。

 

もう少しゆっくりと

いや、丁寧に生きていきたいとは考えている。

それはある意味「ゴール」までの人生での一つの大きな反省点だ。

 

もともとに...

父親が落ち着きがない上に焦り魔だ。

「急がないと」

と言われたことは、全て”今日中”どころか、ほぼ「今すぐ」じゃないと我慢が出来ない...

というか...「待つ」というプレッシャーに耐えられないのだ。

特に「人に対して」は顕著に。

 

だから...

「結果」や「回答」が出るまでは...「お相手に」ものすごく急がせる。

請求の電話を切ったばかりなのにまたかけてしまうほどに。

「失礼」ということへの心のコントロールが効かないのだ。

見ているとみっともないというよりも、もう病気だ。

 

そのような環境で育った。

「後で...」どころか...「ああわかった」だけで即座の行動が出なけりゃすぐさま殴られた。

だから...パブロフの犬としては...「急いでね」に病的に反応してしまう。

 

ここに...気が付いてはいなかった。

きっと...かなり幼少の頃からこれが...普通...だったんだろう。

 

気づいてみれば...

あっ、俺すぐに焦るんだ。

知らぬ間にも急いでいるんだ。

そして...それを邪魔されるようなトラブルが起こったりすると...「怒り」に変わるんだ。

 

まさに父親に同じ。

 

この気質が備わっていたことに気が付いて...

振り返ってみるならば...

焦って台無しにしたこと、

焦っていたがために失敗したこと、

細かなことに焦っていたがために肝心なことを忘れてしまっていたこと....

「なるほどね」...と思えるほどに....そういったことの多いこと....

 

特に「ゴールを目指した」終盤は...

焦るつもりはないのに...

やっぱりゴールまでの年限が限られていたせいか....

「出来るところまでは伸ばしておきたい」...ような欲求があって...

常に焦って過ごしていたようにも思う....

 

この2,3年...

DNAを受け継いだ父親を冷静に観察する機会が増え

多少は気を付けるようになってはきたが...

なんせ「習性」だ。

うっかりしていると...

「出てきてしまう」。

 

一旦ゴールは済ませた。

これも事実。

戻ってやり直すことは出来ない期間を経過したわけで...

「ある意味」今更焦ったところでどうしようもないことも多い。

すれば...

ここからはこれまでほど焦る必用もないようにも思う。

 

というか...

焦って死に向かうこともない(笑)

 

「ゴール」後の毎日は今のところ何ら変わらないものなんだけれども...

考え方というか...身の処し方かな?

は少し変えて行きたい...かな?

 

氷山の一角ばかりを集めて...

世間を広く知っているかのように振舞う父親を見ていると...

焦っているから身につかないことは多いように思う。

 

おじいさんに向かっている?

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「ゴール」後の人生については...

あまりしっかりとは考えていなかった。

いや...「考えないようにしていた」...が"本心"...かもしれない。

 

最近はよく...「テッペンを目指す」...なんて聞くけど...

もともとそんなにも大それた願望を持つ方ではなかったし...

おだてに乗って少しいい気になった時に限って...

散々な煮え湯や挫折を味わわされてもきたので...

まさに...藁にも縋る....というか...

「鉄の斧で十分なので、それ下さい」と言う方なんだろう。

 

「とにもかくにも”ゴール”までまずは生き延びること」

それが目標になっていた。

(みみっちい...笑)

 

付帯する条件(希望)はもちろんあったが...

子らの進学等々、我武者羅に邁進していたらば...

”時の消化”によって半ば自動的に達成されてしまっていたの?ってこともあるように...

”多くは”「ゴールに辿り着けばとりあえず一通り済ませられている」と解釈していた。

 

もちろん...それらはゴールに無事に”辿り着いたらば”...

の話であって、辿り着いていないのならば...話は全く変わって来る。

 

それ以上の話はキリがないので、これまで。

ただ...その貴重なゴールの瞬間が...たまたまの...「100年に一度?」とか言われるコロナ騒動に見事に巻き込まれてしまったので...

「ゴールを果たした余韻」どころか...

大した感慨を感じる暇もなく自動延長されている様が続いていて...

気が付きゃ2週間経っていて...

もう本当にゴールしたのか?どうなのか?

そもそもゴールって何だったのか?

...ぐらいに(笑)

 

ま、人生そんなものなんだろう。

大した大義も大志も目標もなくても...

とりあえずの健康あれば...

生きていられる(生きてしまうとも言う)...というか...

”過ぎてしまう”ということだ。

 

の一方で...

やはり...なにがしかの達成感というか解放感のようなものがあるのだろう。

ふっと落ち着いた時に...

「やけにおじいさんになっているな」

と感じられるようになってきた。

まあ...月並みな”努力”ってことを考えるようになって21年も経てば...

当然そうなる。

 

寝起きの面もそう。

歩く姿勢もそう。

車の運転もそう。

あえて気をつけて見てみると...

「おじいさんじゃねえか?」

は少なくない。

 


これはいけない。

なんだかわからないけれども...

これじゃいけない(笑)

 

これじゃゴールじゃなく、「単に玉手箱を開けただけ」になってしまう。

 

走り始めて21年。

言い訳も、なになにも許さず鞭入れてやってきたつもりだったけれども...

当初に比べたらば...

やっぱりガタが来ているね~。

 

「もう無理」

 

なことも増えてきている。

 

最近...「アンチエイジング」なる言葉も流行ってきて...

いかにも努力次第で若返る、若さは保てるように吹聴もされるんだが...

 

「嘘はいけない」

 

特に...自分に対する嘘はいけない。

「大怪我のもと」

だ。

 

「正真正銘嘘偽りのない自分」を把握し、そこから発想してゆかないと、インチキや虚像には肉付け出来ない。

大志とか目標とか夢とか願望とかが、現実の自分よりより一層引き上げるという効果を否定するわけじゃないけど...

そうであってもやっぱり「等身大の自分をわきまえていて」こそ...だと自分じゃ痛感している。

 

嗚呼...

おじいさんに向かっているんだ。

 

それが、ゴール後に発見した、とりあえずの、”自分の姿”なんだろう。

 

嫌なんだけれども...仕方がない(笑)

 

諸刃の剣

 

 

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そもそも...

「見える先」って何?

 

金持ちになること?

権力を握ること?

地位を得ること?

称賛されること?

 

ポジティブシンキングも結構なんだけれども...

例えば甲子園で優勝出来るのは一校だけ...でしかない。

と思っていたらば...まさかの...「選ばれたのに出られない」なんて結果が人生にはある...んだなんて誰も予想出来ないだろう。

「そういうことが人生にはある」

以上...未来計画は....かなり願望で好都合に脚色されたものじゃないのか?

 

それに比べたら、もっと確実に自分の人生に起こる様があるだろうに。

どんな人間であっても...一番確実に「見える先」は...「いつか死ぬ」だ。

親も、自分も、子供も、家族も、友人も、恋人も。

 

そして...「死んだら」...「全て」...無くなる。

所有も、思考も、希望も、意欲も、反省も、遺恨も...全て無くなる。

 

が、最も「基本」だと思っている。

 

この手の話をすると...

「夢も希望もない」と言う輩が居たりするんだが...

じゃあ人間には夢も希望もないんだと言うだけのこと。

 

自分はこう考えていても、少なくとも「夢も希望もない」とも思っちゃいない。

ただ...今のところ...男は大体80歳ぐらいで...

女は大体90歳ぐらいで...

「死ぬ」

ということは現実なので、それを超えての願望は...

自然の摂理に反すること

なので...達成の確率は低いし、達成出来ないことを願望にするなら...

あえての「挫折」を用意するようなものなので...

「死ぬまでの範囲」で出来ることで十分。

と考えている。

 

その上....

自分の場合は右を見ても、左を見ても、前も、後ろも、壁ばかり。

その一番手前の壁の向こうすら見えていない。

 

いや、幼い頃はそう言えばあんまり壁がわからなくって、なんだかずっと見通せていた気持ちにもなっていたけれども...

調子に乗って途中に出てくる川を飛び越えようとした時には...

いつも失敗して溺れてばかりいたような気もする(笑)

 

だから...「先が見える」ことが一体どういう状況なのか?どういった心境かわかっていないんだけれども...

大企業に就職出来たり、官僚になれた人が自殺してしまったりするのを聞くと...

「どこが挫折なの?」

と不思議でならない。

誰も挫折だなんて思っちゃいないことを自分で膨らませ過ぎている。

それが....「見えていた先?」の正体。

諸刃の剣だ。

 

広島の方の面白い夫妻も...

あの名を馳せた平家ですら「風の前の塵に同じ」だったのだから...

そんな無謀な作戦が...「自分ら如きに通用するはずがないじゃん。」

とは思わなかったんだろうか?

 

思わなかったんだろうねぇ...

 

「先が見える」ってそういうことだと思うんだけれども....

 

そこいらの蟻も、

そこいらの鳥も、

「いつか死ぬ」のを知らずに生きている阿呆ではないように思う。

「いつか死ぬ」って言うことがわかっているからこそ...

毎日必死で生きている。

 

そんで、いいんじゃねーの?

 

それ以上複雑に考えることを「高度」というならば...

やっぱり死んでしまえば「高度に」なんてものは...何一つ残らないのに。

 

先が見えない

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コロナによる影響がかなり出てきた。

もちろん「悪い」。

相当に「悪い」。

 

が、コロナ感染によって...

「先が見えなくなった」はない。

なので、それに関する心理的なプレッシャーとか精神的ストレスはさほどに感じていない。

何度も言うが...もともと...

 

「先は見えていなかった」ので、コロナ感染によって「より見えなくなった」とも感じないからだ。

 

考えようによっては...

悲惨中の悲惨な人生(笑)なのかもしれないけれども...

精神的な健康を保てる材料にもなるならば...

あえてかき消すこともなかろうと...

そういうことにしている。

 

テレビなんかを見ていると...

「いや、ホント、先が見えなくなりまして...もうどうしようかと...」

と聞くと...

ある意味羨ましくなったりもする。

そんなにも...「見えていたのか?」と...

 

少なくとも....「もうこれで駄目かな?」と思ったリーマンショック以後...

11年かな?は「先...どころか...明日もわからんな」状態でやってきているので...

ある意味慣れてしまって...

というか...慣れでもしないと睡眠不足になってしまうので...

「不安だから眠れない」はない。

「不安でも眠れる」。

そんなもの自然にそうなる。

365日不安で眠れないのなら...それで死んでしまうのだろうから。

 

それぐらい「先」は無かったものなので、コロナ時代になったからといって...

その「見えない先」の長短はあまり変わらない。

ひょっとしたら...少しは逆に「見えてきたりして」欲しいぐらいなのだが...

残念ながらそれもない(笑)

相変わらず「見えないまま」

 

なので「先が見えていた」人の方が不思議と感じてしまう。

 

多分...それほどにも...自分は...立派で堅実で計画的人生には...

ほど遠いんだろう。

 

「先が見えなくなりまして」

を聞くたびにそう思う。

 

だから下人なんだろう。

あ、持ってるわ、オレ

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「自分のせい」にしていると...

だんだんその「自分」ってのが見えてくる。

案外...良くない(笑)

面白くもないし、能力もない。

 

小さな頃から見てきた父親は...

何かにつけて「自分なら出来るのに」を豪語してきた。

田中角栄中曽根康弘もコテンパンだ。

 

流石に金田正一王貞治の悪口は聞かなかったけど...桑田真澄やら清原和博だと...

「ニセモノ」ぐらいに言われていた。

 

飲み屋の会話には「よくあること」なのかもしれないが、どうみても足元に及ばない人間が...

言えてしまうことの人間性を疑う。

「その前に....自分はどう?」

なのだから...

 

父親は確かに地位や立場としては...勘違いをするところにはあったかもしれない。

が、それはむしろ昔家庭特有の...長男が引き立てられていただけ...のことであって、能力じゃない。

自分が社会に出てからわかるようになってきた。

 

政治家の中にも時折見られる。

何代目?とか言われる世襲ながら...

本人の能力はいかほど?ってのが...

まあその類。

 

能力が並程度というだけのことならまだいいんだが...

そこに様々な「だらしない」がつくと...

先ほどの「豪語」とて...単に口にチャックがなくて...「だらしない」だけのことになる。

 

酒にもだらしない。

女にもだらしない。

約束にもだらしない。

金にもだらしない。

家族にもだらしない。

 

どうしてそうなるのか?

猿に非常に近いのだ。

「立ち止まって深く考える」<「その時の欲求の盛り上がりを押さえられない」

なのだ。

 

まあ時代が時代なので恨みもしていないが...

体罰旺盛だけにとどまらず幼子の前でも平気で泣き叫ぶほどに

喜怒哀楽が激しかったのは...

「感情が豊か」

なのではなく、自分が感情を垂れ流しにして生きていることに気が付いていないのだ。

 

想像は出来る。

父親は叱られない環境に居たと思う。

逃げ出すといけないので。

 

だから自分の欠点にあまり気が付けていない。

家族も親戚も気を使っていることが見てとれた。

「怖い」からではなく...泣き出して...逃げてしまう...からだ....

 

周囲に気を使われて生きてきた彼が...問題を...

「自分のせい」にすることはない。

今でも。

 

何か事が起こる。

他人が困ることになる。

「そんなものアンタが悪いのだから自分でなんとかしなきゃ」と

偉そうぶる。

 

何か事が起こる。

自分が困ることになる。

「誰がしてくれたんだ、こんなこと、早く解決してくれないと困るだろう」

と激怒する。

 

こんな人間になるぐらいなら...

面倒臭いので、大体のことは「自分のせい」でまあいいかと...

 

すれば結構その「自分」ってのも見えてきて...

しっかり親父と同じDNAを持っているようなので...

 

「余計に気をつけなくちゃな」

と、思っている最中。

 

せっかくゴールに到達したというのに...

日々の暮らしにゃあまり関係がない(笑)

どっちでもいい

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そこから30年になる。

 

「微塵の後悔もない」

 

自分が”ゴール”としていたのは...

こう言い切れることが許される期間を全うすること。

それが...30年だった。

 

F1のように鮮やかに疾走してゆくゴールでもなければ...

箱根駅伝のように称賛の嵐の中のゴールでもなかった。

当たり前だが、誰にも気が付かれないひっそりとしたゴールだ。

 

おまけに...

「余裕ちゃん」にはほど遠く...

けっこうボロボロ、ズタズタになっての...

みっともない...ゴールだ(笑)

 

でも...自分は十分に満足している。

自分に課した約束を...守れたように思うので。

 


引き留めてくださった方々に「ザマーミロ」なんて思うわけもない。

本当に心配してくださっていたのだと思うから。

仮に...社交辞令にせよ...こんな自分をも引き留めていただいたのは有難いこと。

 

「公務員を目指し」「公務員人生を全うしよう」としている方々のアドバイスならば...

「辞めるのは不幸になる選択」

と言われることは十分に理解出来る。

 

が...だからと言って...

どちらが「正しく」、どちらが「間違っている」”選択”ではないと思うのだ。

 

というか...最下位だった自分でも...進路を意識してからは...

「失敗したくなかった」。

ゆえに...一応二択の場面なら...

「間違っていない」方を選んできたらば...「公務員」になっていた...のであって...

それからすれば...やっぱり「辞める」ということの方が「間違い」ということにはなるだろうと思う...

 

が、その選択には「何がやりたい」が抜けている。

逆でもいい。

「何はやりたくない」も抜けている。

 

自分の意志や興味や意欲とは無関係に...

「失敗したとは思われない」ような選択を連続させてきた結果の「公務員」だったのだ。

自分の場合は。

 

きれいごとを言うならば...

本当にその職種に憧れ、なりたくてなった人に失礼な選択だ。

 

そういえば...余談になるが...けっこう活躍した。

普通なら...「クビになるかも?」と怖気づくような事にズバズバと挑戦して行くので喝采も多く浴びたけど...

そんなものは当たり前。

「辞めてもいい」と思っているので、開き直っているのだ。

そんな立場なら誰でも出来る。

なのに...そんなことでもかなり勘違いし、自惚れたような気がする。

いや、自惚れていた。

 

だから...

公務員じゃなくても...

この選択方式で決めたことは...

やっぱり続かなかったと思う。

 

選択技術は確かに要領良かったのかもしれないけれども...

それまでの...

自分の生き方というか...ものの考え方というか...人生観が...

間違っているのだ。

 

真面目じゃないし、真摯じゃないし、懸命さのかけらもないし...

そもそもの謙虚さがない。

実際...小・中・高・大と...

ずっと教師に言われていた。

 

妙な意味だが...

「間違った判断」のもとに選択してきたことなので...

「続けられなくなった」のも至極当然のこと。

 

その時には、「とにかくもう辞めたくて辞めたくてどうにもならない感情の高ぶり」であって、そこまで考えての決断ではなかったんだけれども...

今は直にそう思える。

 

自分の場合は...辞めたことが正解で当たり前。

公務員を馬鹿にしているのではない。

逆。

たしかに試験に合格はし、手順もはずしていなかったのかもしれないけれども...

自分にはその職に就いている資格が無かったのだ。

これを証明し、自分に納得させるには...別の人生を30年全うしよう(しなければ)と決めていた。

それがこの30年。

そして...それによって...やり続けている公務員の方々が間違っているわけでもないことも証明されようかと....

 

ほらね。

やっぱり自分は公務員をやってちゃいけなかったんだ(笑)

そして皆さんは立派に最後まで勤め上げられた。

 

どっちが正しいとか間違っているとか...

そんなこと...

どっちでもいいことだ(笑)

 

「先が見えれば」幸福なのか?

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実際に出勤してみてまずは驚いた。

というか...事前にその職業に興味が無さ過ぎたこと自体が問題なのだから...

自分が悪いのだけれども...

 

「即座に辞めようか」...ぐらいに嫌だった(笑)

 

そこで自分でもわかってしまった。

「職業」や「仕事の中身」に満足していたのではなく...

「公務員としての待遇や保障や安泰」に...

「あぐらをかけるかも?」

と満足していたことが...

 

さあ、両天秤だ。

「嫌さ」と「あぐら」の。

 

とりあえずはせっかく成れたんだし...「あぐら」が勝った。

なので「嫌さ」は我慢することにした。

 

「慣れる」。

人間は「慣れる」。

「慣れる」ことが「出来る」。

私も出来た(笑)。

 

が、「石の上にも三年」と言うように...本旨は違うと思うけど...

三年で変化は起こる。

また、辞めたくなった。

 

のを翻したのは...全く意外な理由で...

「尊敬できる上司に出会ってしまった」からだ。

 

そんなにも人間を頼る方でもないし、信頼する方でもないし、影響を受ける方でもないつもりなんだが...

その時は血迷ったかな?

 

結局三年間血迷った。

 

が、事は突然発覚した。

 

自分でもビックリした。

職場の、倉庫を片付けている時に...

 

「俺は一生この生活なのか?」

 

が登場した。

 

いや、倉庫の掃除が仕事のメインということではなかったんだが...

何故かその最中に「辞めたい魂」は登場した。

 

そしてそれは...

案外初出勤の時の感想に良く似ていた。

 

「俺、無理だわ、こういうの」

 

身勝手極まりない動機だ。

誰が悪いというものでもない。

嫌ならば、最初から試験も受けなきゃ良かったし、合格しても成らなきゃよかっただけのことで、

全て「選んで決定してきた自分」に責任はある。

 

それは認めるし、自分に非のある事。

だから「言い訳」なんて主張するつもりもないんだが...

本当なのか?正しいものなのか?わからない程度であるぐらいの...

「未来の自分の姿が想像出来てしまったこと」

にわけのわからない恐怖心を覚えてしまったのだ。

 

もともと...

何が嫌で、何が好きで...なんて基本的なことすら...考えもせず、わかっていない選択だった。

ある意味...「他にやりたいこと」...があるわけでもないから...

とりあえず「条件いいし、やってみよか」ぐらいなもんだった...

見栄えも悪くはないし。

 

だから...

こんなにも嫌になるもんだなんて....

6年前には予想もしていなかったのだ。

 

前の記事でも書いた。

学年最下位だった自分が、生涯安泰を手に入れられたというのに...

その生涯安泰の30年後が見えた途端に...

脳裏に浮かんだのは...

希望じゃなく...

絶望だった...なんて...「漫画?」ぐらいじゃないと想定出来ないストーリーだ。

 

ものすごく引き留めていただいた。

というか、「大丈夫か?」と心配された。

なので...

 

「なんかビョーキなのかな?俺?」

 

と一か月ばかり確かめさせていただいたけれども...

決心は揺るがないばかりか...

確固たる決心として固まる一方だったので...

 

「もうキリがないな」と結局辞めた。