くどいほど言ってやらないとわからない

f:id:okutavianus:20181113093044j:plain

 


資格が絡んだ勉強をまた始めた....

今日で一週間になる。

 


資格マニアのつもりはないんだが....

ここまでの経緯での必要性もあって、難易度はさほどではない資格を5つほど持っている。

そして....受験はしたものの失敗に終わったものが2つある。

ということは...7度ほどこういった機会はあったわけだ。

 


若い頃は勉強嫌いなクセして不思議と結構ムキになった。

苦労...というか、時間を犠牲にする以上”対価”を欲しがったと言った方が合っているかもしれない。

しかしながら...そのような場合は様々な犠牲が出る。

まずは家族や友人関係に隙間が出来る。

そして社会人になってからは必ずと言っていいほど仕事に犠牲が出る。

 


もともとは....仕事の将来のための....資格取得....

もしくは....将来のための....資格取得....

であるはずなのに....あまりにも熱くなり過ぎて....根底にある”今の仕事そのもの”に迷惑をかけてしまうのだ。

それは....将来の道を狭くしていることにもつながっているのに....

 


実は....落した2つの”資格”は少々難易度があって....一般に言われる千時間以上という学習時間が必要とされたもんだったんだが....

そんな時間....

よほどか暇じゃないと取れるはずがない。

ものすごく努力し、様々なものを削って....500時間程度がよいところ。

それでも合格しようとすればもう.....様々なところで軋轢を生む....

 


そういったせいにするわけではないんだが....

結果落してきた。

 


しかしながら....取った資格を含めて.....

それらの資格のみで生計を立てているものはない。

資格を看板にしていることもない。

簡単に言ってしまえば、外見上は何の資格を持っていないのと変わりがない。

 


ある意味....

そんなもののために.....数年間の貴重な時間に傷をつけてきたとも言える....

 


まあそういう経験もあって....

ここ十年ぐらいの資格が絡んだ勉強は....

途中で挫折しても、資格が取得できなくても、全然構わないもの、

としている。

 


最初から逃げをうっているわけじゃない。

冷静に考えるなら....もうこの歳になってから資格を生かした就職など出来るはずもないのに....

むしろそんなことのために残された貴重な時間を犠牲にするぐらいなら....本末転倒かと。

 


ならば....「資格取得のために必要とされる時間」を気にすることなく....

空白恐怖症?の防御のために、空いた時間の有効利用でちょっと知識を増やす....

ってな程度で上等じゃないか?

と思うことだろうと。

 


そんな生ぬるいやり方では何も身に付かない?

いやいや、案外生活は変わる。

なんせ時間が無いところに勉強時間を作ろうとするのだから....

けっこう迅速な行動になってゆく....

もともとが....のんびりし過ぎていたのかもしれないけれど....

無駄な休憩も少なくなるし、生活が無駄を作らないように、テキパキとしてくる。

膨大な勉強時間の確保にまで欲張らなきゃ....

かえって仕事量も増えたりしたりもする....

 


ただ....調子に乗ると....

焦りやすくなるので要注意だ。

 


そして....

頑張っている自分に酔いしれて....頑張っていない人を見下すことにも要注意だ。

 


人間哀しいかなにわかで身に付いたことほど自惚れにつながりやすく....

知らないうちに自信を超え、傲慢になってゆく....

すれば神様からの罰が下されるように....

ちゃんとみっともなく....落ちて....

本来の自分の程度を思い知る....と。

 


まあ、それも自分のためと言っちゃあためになる(笑)

 


あえてブログに書いたのも....

ついついムキになるからだ。

毎度”独学”なんだけれども....今はあちらこちらに便利なサイトもあったりして....

”煽られるもの”は少なくない。

合格ラインなんかが近づいてくると...ものすごくヒートアップして....

ここに書いたような戒めなどスッカリ忘れて....

合格への欲望の塊となり....

様々な日常生活の関わりのある皆さまにご迷惑をおかけしてしまうのだ。

 


今回の資格はまた、急いで取得したところで資格を持っていることでの展望は何もない。

ただ....今の仕事には確実に役に立つ。

つまり資格取得できなかったとしても....

そのための勉強自体は役に立つのだから....

まずはそれまでの満足でいいじゃないか....

ぐらいで丁度良いと....

”常に”言い聞かせたい。

 

さあさ、また頑張ろうか?(笑)

f:id:okutavianus:20181109111409j:plain

 


かなり長い間寄り道をしてしまったようだが....

ボチボチ戻ろうかと思う。

 


リーマンショックでは転落、撤退を覚悟した。

まあ撤退には及ばなかったが、実際に転落はした。

 


そのような時に大きな夢など描けるはずもなく....


A:ともかく生き伸びる

B:それでもなんとか少しでも上積みする

C:やっぱり目標としていた最低限ぐらいは達成する


の3つほどがザックリとした生きる目標として残った....

 


記憶としてはそんなにも立派な精神状態ではなく....

「ともかく死んだような状態であっても....生き続けよう....」ってな次元だった...と思うんだが....

 


が、神様というのは居るようで....

9年後の昨年、予想外にもC:を達成できた。

そりゃあ一応の努力はしてきたが....

”予想外”と言うほどに....自分の力量以外の要因も重なったからだと思う。

 


しかしながら人間?というか”俺”は残念なもので、”まさか”の目標だったので、”次”を用意していなかった。

しかも、期限としてはさ来年時での達成だったので....早めの達成は有難いんだが....

妙な空白が空いてしまった。

それがこの一年だったような気がする。

 


もちろんこの一年とて何も無いわけじゃなかった。

いや、むしろ目標を達成してからは....「反動か?」とも思えるほどにロクなことが無かった。

あたかも....有頂天になることを戒めるかのような出来事ばかりだった。

 


だから...考えた。

自然に考えさせられる羽目になった。

リーマンショックの時は茫然自失となってはいたが...ゆえに”考えた”とは言えないと....改めて思うぐらいに....

そのあたりの様子はこのブログを見てもらってもよくわかる。

 


また....フシ目の年齢が近付いているというのもあろう。

自分だけでなく、自分の年代に元気がない。

そんな雰囲気をブチ破ろうとしてくれる者も出たりするんだが....カラ騒ぎのようにもなっている。

 


そんな中でともかく考えていた。

これまでの人生を。

これからの人生を。

 


一番シンドかったのは....今年の猛暑にカブる時期。

多くの天災に日本が見舞われたと同時に、家族の災難や仕事のショックに見舞われた。

情けない話だが....猛暑と相まって朦朧とただ耐え忍ぶ夏だったと思う。

 


が、夏が終わる頃からだ。

ちょうど台風が毎週のように発生し、毎週のようにオンボロな仕事場の心配をしなきゃならなくて....

非常に煩わしかったんだが....

それが...否が応にも「生きようとする力」でも呼び起こしたのか?

この一年間ずっと覆っていた雲の隙間から、少しだけ、ほんの少しだけだけれど....

光が見えたような気がした。

それが2カ月前。

 


光の導きはこうだ。

A:ともかく何がなんでも我武者羅にでも最低1年9か月頑張りなさい

B:その後どうにか4年頑張りなさい

C:さらに1年頑張れば....まああなたの人生合格でしょう

D:その後さらに5年頑張るなら....もう上出来。ベリーグッドです

と。

 


具体的な指標もあるんだが....そこは多分非常に流動的になると思っている。

というかもうストレート勝負の出来るような年齢でもないので、これまで以上に柔軟な思考対応が必要のはず。

されば....修正・修正の連続にもなろうから、ここであえて言う意味も無いだろう。

 


それよりも、方法よりも、具体的数値よりも....

「這ってでも」

そこまで辿り着くことが大事かな、と言うのがこの一年彷徨った結論だと思う。

 


残念なのか?良いことなのか?

ともかく....そんなに乗り気でもないのに....

また少なくとも5年ほどは頑張る道を選ぶようだ....

諦めの悪い奴

f:id:okutavianus:20181107151551j:plain

 


「しょうがない」なんて....毎日毎日考えていたつもりはないんだけれど....

そう言われて...改めて振り返ってみたならば....相当に「しょうがない」に取り囲まれていた(笑)

 


そりゃそうだ。

大して前向きじゃないんだけれど....そんな程度の自分にだって....あれもやりたい、これもやりたい....こうなりたい、ああなりたい....

ってな願望は星の数あった。

が、”ほぼ願い叶わず”...で、来ているんだから....

 


もちろん達成出来ていることもあるんだろうけど.....

そこには目がいかなくなるのが普通の欲求のシステムじゃないかと....

100m走で10秒を切ったランナーが「目標は10秒を切ることです」とは言わない。

 


でも”本心”は...心の奥底ではどっか諦め切れていない。

「しょうがない」で固まってしまった殻にどっか尖ったキリで穴を開けてやりたいと....思っているようだ。

 


猛暑....いや酷暑とさえ言えた夏で、相当にバテていた記憶があるんだが....

それでもスケジュール帳を見返してみたらば、何だか笑えるほどに右往左往している。

諦めきれずにもがいている様が現れていて....少し笑えた。

 


残念ながら「目標に一直線」になれるような才能はないのだろう。

ここまでの人生の結果もそれを証明している。

 


ただ.....本当に達成できることが少なくなってきた。

疲れというか精神的にまでバテてしまうことも多くなってきた。

そんな中で、アーリーリタイヤだの、セカンドキャリアだのに早々と移行してゆく友人を見ると.....

遅れてやってきたクセして諦めの悪い自分はみっともない野郎にも思えたんだけれども....

「もう少しだけ頑張ってみようか?」

があと1年半。

「そしてその先もその惰性で頑張ってみようか?」

が約5年。

 


いろいろ考えたけれども....どう逃げても....

そこまでは頑張るしかないようだ。

 


先日もアーリーリタイヤ組ではないが、ゆとり組?とでも言おうか....

からのゴルフのお誘いがあった。

今は最高の時期かな?

でも、断った。

実はゴルフは多少の経験もあって何も困ることはないし....

そこまでストイックに自分を追い込むつもりもないんだが....

遊び足りないのならともかく....

これまで散々に遊んできて....

遊びの思い出って....

ものすごくはかなく消えているように思う。

残りの人生は決して長くはないし、仕事にだっていつまで携わっていられるのかもわからない。

であれば、いずれに時間を使うのか?だろう。

 


多少の腹は決まってきた。

「しょうがない」人生だったからこそ、遅まきながら少しは頑張ってみるかな?と。

ゴルフは再開しないがもう一度勉強を再開することにした。

ただ....注意点がいくつかある。

 


絶対に仕事を犠牲にしないこと。

レーニングもサボらないこと。

その他普段の生活も大事にすること。

 


ん?なら勉強する時間なんか取れるはずがない。

そうだと思う。

が、それでいい。

その範囲で出来る勉強でいいんだと思う。

ごいさんへ

f:id:okutavianus:20181105111131j:plain


「しょうがない」説....

面白いです。

いや、決してフザけているわけじゃなく。

 


自分が”頑張ること”を知り始めたのは約20年前になるのですが、それ以前は「しょうがない」を許さなかったと思います。

あくまでも現在からの想像ですが....

「”しょうがない”なんて諦めの、無責任な、最低の言い訳を凝縮したような言葉だ」と、きっと断罪していたように思います。

 


が、本当にそのような厳しさを自分に向けていたかと言えば....

むしろ全くの真逆で....

自分にヌルいからこそ、おめおめとそんな大口を叩いていられたんじゃないかと....

 


頑張ってなきゃ挫折感とて薄っぺらなもんです。

それ以後も大した頑張りではないのですが、それでもそれ以前に比べたら....頑張るようになってみると...

超えられない壁、跳べないハードルに出っくわします。

 


誰かの父親に言われました。

「ばっかじゃねえの、お前は。そんなこと言ってたら甲子園で優勝したチームのレギュラー以外、高校野球やっている奴って、全員”挫折者”ってことになるじゃねえか....」と。

「何も自分を甘やかすって話じゃねえだろ?ここまででもよくやったよな、ってな話は。それ以上はもう....”しょうがねえよな”という話なんだよ。」と。

 


あまりにも当たり前の比喩なんで、その時は感心もしなかったのですが....

多少なりとも自分が頑張るようになってみると....

いや、頑張るようになってきたからこそ....

「どうしても超えられない」壁やハードルという高さも知ることが出来るようになるわけです。

 


それらを全部”挫折”ということにしないといけないのなら....

再び頑張ろうというエネルギーは減る一方になってしまうんじゃないでしょうか?

 


せめて出来ることは....


「やるだけやったんだ....」を頭につけてやること....

そこまででいんじゃないかと。

 


むしろ....かつての自分は....

頑張ったことがないからこそ...自分の能力が無限のように思えていて....

「しょうがない」

を許せなかったんじゃないかと思うと....

随分と幼稚だった自分がお恥ずかしい限りです。

 

なんだかよくわからない説明だと思いますが...(笑)

f:id:okutavianus:20181102001017j:plain

 


すいません。

setaさんへの返答を書き終えたところで、ごいさんからもコメントいただいておりまして。

自分には珍しいことなので、想定していなかって....

とりあえずsetaさんまでのご返答になります。

 


私もsetaさんのブログは気に入っていてずっと読んでいます。

文章が少ないのも助かります(笑)

ふるさとの御馳走にヨダレも出ています(笑)

 


私の方こそsetaさんの文章には感心させられることは多いのですが、褒め合っていても気持ち悪いので違う方向に進めます。

 


正直に....人目を惹こうとか....褒めらようの気持ちは全くありません。

何度か書いているんですが

”自分の頭の中”だけで結論出したいのが一番なのですが、それが出来ない(格好悪い)ので、文字にしているというところなだけです。

なので、正直写真の掲載すら面倒臭いです。

が、今の時代あまりに無装飾だとそれも気持ち悪がられるので....無理して載せているだけのようなものです。

 


また、誰かを説得したいとか、納得させようとか、そういうのもありません。

なんせ、ええ歳こいて、自分がよくわかっていないのですから、人様に向けるエネルギーまでありません。

というか....

”好かれたい欲求”が乏しいと思います。

ここは家族を始めとしていろいろな方面から実は指摘もされるぐらいなのですが、ともかく”人に好かれること”に興味がないというよりも、それより他のことに興味がある、と思っていただければ幸いです。

 


実際「人にどう好かれる」なんてことは想像もしませんし、そんなことよりも....ただただ....

「毎日混沌としている自分の頭と心を少しでも鎮めたい」

だけのことです。

 


イメージで言うと....

私はあまり好きではないのですが、もののけ姫のアシタカのあざを静めているようなものなのかな?とか思っています。

やりたくてやっているわけではなく.....

疼いてくるから仕方なく....

そんなもんです。

 


だから....

文学少年、少女の多いはてなの皆さんのような技法もありませんし、工夫もしていません。

最初は.....色気を持ってやってきましたが....達人多く、あっと言う間に目標も変わりましたから(笑)

まあ...関西流に言う...

「うまいこと言う」ぐらいはしてみたいとは思っていますが、それよりも何よりも....「どうせ見ず知らずの人に公開しているのだから....」

腹の中まで

気持ち悪いほどに

公開してもいいかな?....ぐらいは甘えています。

 


だからでしょう....コメントはほとんどいただけませんが、それで構いません(笑)

 


見ず知らずの人に対してでも....「吐いてしまえば」....意外に生真面目な自分には多少の責任感が出るようです。

.....まあ、それを利用していますね。

 


で、言った以上は.....

という行動につながるというわけです。

 


というように、あくまでも自分本位なブログなので、あんまりお褒めに預かると.....

正直....嬉しいよりはこっぱずかしいですね。

セレクトとか

予想外とか

全然意識の中にないです。

さほどに技巧的ではなく....

「そのまんま」です。

強いて言うなら「そのまんま」がいかに正確に伝わる”言葉”があるのかどうのか?は探す時もあります。

 


setaさんには長く見てもらっているのであれば、よーくわかっていらっしゃると思うんですが....

ずっと「過去は振り返らない」なんて格好つけてはいるんですけど....

もうやり直しのきかない年齢を自覚するようになってきたらば....

 


多分不満だらけなんですよ

後悔だらけなんですよ

今さらどうにもならないことをわかっていても.....

こうしときゃよかったって考えて....馬鹿だったな....って

そして....哀しいかな.....やっぱり今さらどうにもならないけどな、って...

 


だから.....

きっと同じようなことばっか

繰り返し書いていると思いますよ。

まあ、そのうち、そんなブログもっと誰も見なくなると思いますが....

私は結構構わないんです。

そのうちもっと詳しくお話することがあるかもしれませんが....

とりあえず、ここで「今さらどうしようもないんだけどな.....」という腐った本当の自分....をたくさんピックアップして....

「本当にどうしようもねー奴だよな」と自分を再認識して

「少しはまともになれねーのかよ」....と始めたブログなんですが....

残り時間まで少なくなってきて....

「もう少し頑張ったらいかがなものか?」

になってきている」というところでしょうか?

効果は.....ゼロではないと思っています。

まあ...0.5...ぐらいかもしれませんが....

 


現実の自分は、案外偽ることも上手で、随分と協調性があるようなので、こんな本性は知られてはいないのですが....(笑)

でも、やっぱり、自分の本音は知っておきたいんですよ。

 


誤魔化さずに。

 

しょうがない2

f:id:okutavianus:20181026173603j:plain

 


ごいさんのブログにはコメ欄がない。

なのでなんだかおかしいんだが...自分のブログにそのコメントを書くしかない(笑)

 


先の自分の記事に矛盾するかもしれないし....

ごいさんには失礼な話かもしれないが....「しょうがない」を読んで、根っこの考え方に似たようなところを感じている。

 


たしかに....「しょうがない」は言い訳のようなところがあったり、自分を正当化するようなところがあったり、自分を甘えさせているのかもしれないけれど....

では....「しょうがなくない」んだったらどうなる?

それは、粘り強く諦めない根性の持ち主なのかもしれないが....

執拗で嫉妬や憎悪に覆い尽くされた人間性を憑依している場合もあるんじゃないだろうか?

 


自分は...「そっと置く」という言葉が好きで....

どのような使い方が正しいのかは知らないが....

「そっとピリオドを打つ」...のように理解している。

山口百恵さんが引退の時に歌い終わってマイクを置いたのがそんな感じ。

 


達成して...「やったぜー」なんて終わり方は最高なのかもしれない。

完走して....「お疲れ様~」と皆に慰労される終わり方が理想的なのかもしれない。

でも....勝者で終われる結末ばかりじゃないだろう人生は。

 


思いっきり、正々堂々と戦ったのに....

完璧なほどに負けてしまうこともある。

最後の引退レースで0.01秒差で負けることもある。

それらは諦めずに「もう一度挑戦しなければならない」のか?

 


「しょうがない」

 


は、そんな時の最高の褒め言葉じゃないか....

と自分は思っている。

最高の落ち着け方....つまりは....「そっと置く」....だ。

 


逆の使い方もある。

努力を怠っていて....

楽勝と思っていたテストに落ちてしまった....

そりゃあ...「しょうがない」だろう。

自分の努力不足なのだから...

「誰のせいにもしちゃいけないよ」の「しょうがない」だ。

悔しかったら、もう一度やり直せ。だ。

正反対の使い方かもしれないけれど...

後悔に時間を奪われるよりも、リセットして”再挑戦”への合言葉にはなろう。

 


「しょうがない」は諦めの言葉ではないと思っている。

むしろ醜い姿に変身しないためのリセットの言葉だと思っている。

「それ以上執着心を出してしまうと醜い姿になってしまうよ」と。

 


....どんな方向へでも、どんな歩幅でもいいから....

「次への一歩」を踏み出そうとしてこそ、だ。

そこにつながってこそ、「しょうがない」は爽やかな言葉に昇華する。

 


...じゃない時は....単なる惨めな慰めにしかならないだろうと、そんな使い方はしないように気をつけている。

 


自分はこう考えているんですが....

ちょっとややこしいですか?ごいさん(笑)

楽観的って何?

f:id:okutavianus:20181025164446j:plain

 


”器の大きな男”に見られたがりの父親は、いつも「楽観的な男」を装っていた。

自分のことだけならまだ良いが....事態の直前に真剣に考えている私にまで....

「そんな、やる前からくよくよしていてどーすんだ。やってみなきゃわからねーじゃねーか」と威勢の良い所を常に見せようとしていた。

 


が、世の中それほどに甘いわけもなく....大体が楽観的な結果には至らない。

いや、むしろ楽観的とは正反対の結果になってしまうことの方が多い。

すればどうなるのかと言えば....

もう....尋常じゃないほどにうろたえるのだ。

その様子は狼狽と言っても良い。

自殺しそうに落ち込むだけじゃなく、ひどい場合には家族に当り散らし、人のせいにし、いい歳こいて泣き叫ぶ....

 


そんな姿勢を何度も、何十回も、見てきていたらば.....

少しは違う道を歩めば良かったものを....

よほどにか強いDNAなんだろう、やがて哀しくも「楽観的」を振る舞う人間に自分も育っていった。

 


「楽観的」は平常時は楽だ。

「大したことにはなりゃーせん」と振舞っておれば...何も考えなくてもよい。

それでいて....あたかも”堂々としたような人間”になりすますことが....一応....出来る。

 


しかし....ひとたび思わぬ事態になったれば.....

何の準備もないばかりか....心構えすらしていないので....

堂々さはどこへ行った?恐ろしいほどにうろたえる。

 


父親同様何度もうろたえてきた。

あれだけ舞い上がっていたくせに、正反対なほどに落胆を見せ、周りの人々の気分も害したことだろう.....

何度も、何十回も、自分も、そんな姿を見せてきたと....思う。

 


しかしながらいつしか....誰のせいにも出来ない立場になって....

「楽観的」は捨てた。

 


用心深いどころか小心者と思われても構わない。

予想出来る最悪の事態になったとしても....

うろたえたくはないので....

うろたえてはいけないと思うので...

「楽観的」に魅力を感じなくなった。

 


そんな自分の未来の想定は大体決まっている。

良いことは「最小」

悪いことは「最大」

に....見積もるクセがついている。

 


例えば....収入の予定は「最低額」で、支出の予定は「最高額」で。

ならば、そりゃあ「お金が残る予想」にはならない。

なので全然楽しい予想じゃなくなる。

 


が、事態の平均は....それよりは多少マシなことが多いようだ。

つまり....最悪は”最”とつくだけあって....さほどには頻度は無いようだ。

 


今はその延長にある。

そりゃあ”捕らぬ狸の皮算用”を想像しないこともないけれど....

最悪....「ここまで駄目になるだろうな....」という残念な予想も立てているつもり....

 


そんなんじゃ未来が楽しくないだろうに....という人も居るんだが....

根拠の無かった”楽観”の喪失に加えて、見ないようにしていた恐怖に襲われる方がよほどか楽しくない。