小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

DNAには逆らえるのか?

 

 

マメ....

というのとは違うと思う。

それは恐らく”人のため”の部分もあると推測する。

 

おびただしい人に嫌らしいほど凝った年賀状を送り、それを自慢する。

”出すから””来ている”だけなのに...

 

1枚も出さずして....たくさんの年賀状が来るなら自慢してもらっても構わないんだけれども....

その返信が信望の証拠ではないことがどうしてわからないのだろう....

 

年中かけて写真を撮り、その中から一番の自慢の写真を選んで年賀状にする。

文章にも懲り、誤字脱字を何度も点検し、自慢の一品に整える。

 


その姿勢は「あの人どうしているかな?」には遥かに遠い....

 


ではなく....「素晴らしい年賀状ね」

という返事を期待しているのだ。

猛烈に。

 

それはもう”執念”を離れて”怨念”とでもいえるものなんじゃないのだろうか?

そんな時間があるのなら....

家族に、近い友人に、もっとしてやれることはあるんじゃなかろうか?

ひょっとしたらば....

もう一生も会うことのない手紙だけの関係の人に....

何をそんなにも褒められたいのだ....

 

何故にそんなにも褒められたい。

そんなにも毎日毎日気持良くなっていたいのか?

 

そんなことだから....ちょっと嫌なことがあるだけで、

ささいな不安があるだけで、

こらえることも出来ずに大の男のくせして動揺しまくり「眠れない」と泣きわめく。

 

自分の思い通りにならない時も同じ。

子供の前でまで我慢することなく泣いて、喚いて、思い通りを押し通すのは....ある種の卑怯な脅し...っていうんだよ。

遠くはかない知り合いにまで「大事にされたい」と願うくせに...

一番近くで大事にしなきゃならない奴らが見えないのか?

 

「ワシは人の気持ちが見えるようによくわかる」

と勘違いもはなはだしい豪語をし、

おべっか、お世辞、ホメ殺し

が見抜けず、舞い上がってどれだけ利用されてきたことか....

 

そんなにも愉快でいたいのか?

そんなにも称賛の中に居たいのか?

そんなにも毎日快適で居られると思っているのか?

 

自分じゃ”その方面”に一生懸命向かっているつもりなんだろう...

 

だから...

 

そうならない時は....

 

全部「人のせい」だったんだ...

なるほど。

 

親父のもくろみが思う通りに行かない時なんだろう....

酔っぱらって帰ってきたと思いきや....

なんだか理由もわからない状態で散々殴られた。

一度や二度じゃない。

ひょっとしたら....

謎の祖父ってやつも....

そうやって親父を散々殴ってきたのかもしれない。

 

ま、いいや、どっちでも。

 

俺はお前らの仲間には入らない。

例えDNAは同じだとしても....

 

「断ち切る」ことが自分の生まれた意味だと勝手に思っている。

それでいいんじゃないか?

大して責任感ないようなんだし(笑)