小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

恥も外聞もない

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昨日書いたこととはちょと矛盾もするんだが...

 

逆に...

「どっちでもよいこと」は...とりあえず大して考えもせずに「やっておく」。

「済ませておく」...ぐらいに軽いかな?

を意識するようになっている。

 

そんなに暇でもないのに...

もともと全部が全部、じっくり100%も考えてから...キッチリ判断出来る...「はずがない」のだ。

だから...

どちらかと言えば...

これまでは「考えなくてもいいことまで、時間をかけて考えていたこともあるだろう?」といった気がする...

 

いや、大丈夫。

大して考えなくても小心者ゆえの敏感さがある(笑)

多分...「やらなかった方がよかった」と後悔するようなことの場合には何らかの「ひっかかり」を感じることだろう。

 

それを信頼して...

とりあえず...「済ませて」いる。

 

...ようになったれば...片付くこと、片付くこと。

 

残念ながら良心のカケラも、思いやりも、忠誠心もあったもんじゃない。

謝ることも、出向くことも、声をかけることも...

全部「片付けること」なのだ。

 

「気持ち?」

 

そんなんイチイチ考えているから「たったの一歩」が出てこない。

 

だったのかなぁ...

とか思えている。

 

モノごとは良いように考えたい。

じっくり熟考して...配慮に配慮を重ねた末...十分に相手のことを思って...わざわざ期間を空けて...「謝った」としよう...

一方、「謝ることが嫌なので、嫌なことは早めに済ませましょう」と、Uターンで謝りに出かけたとしましょう。

そんな時の結果は...

こちらの熟考ではなく、「お相手の気分次第」なのだ。

 

「”よく考えれば”良い結果が出る」なんてのは...相当な自惚れだ。

「自分の考えることなんて大したことない」と思っているなら、そんな作戦は出てこない。

良かれと思って熟考していたならば...

「なんで即座に謝りに来ないんだ」と怒りを増長させるってことも...あるだろうに...

 

これによって日常のレスポンスが良くなっている気がする。

いつも携帯するお手元メモも半分ぐらいになっている。

なんせ...

片付け魔になっているので。

 

「考えること」が大切なのは重重にわかる。

が、社会は...残念ながら私の体内時計で動いてはくれない。

万民平等の24時間と決められている。

それに合わせていかなければ電車にも間に合わないのだから...

自分の中に時間を浪費する作業があるのなら...

それは削除・縮小するしかない。

 

まあ、そんなところ。

 

多分...責任感の問題というよりも...

「どう見られたっていいや」的な部分が増えているんだと思う。

 

ささいなことぐらい「間違える人」と思われたところで人生そんなにも大差ないだろうと...

むしろ...

いつもいつも一杯一杯で...真面目に生きていらっしゃるのかもしれないけれども...

(頼み事一つ出来そうにないよな~)

と思われてしまう方が...

自分の需要を減らすんじゃないかと...

ただでさえ需要が減る年代なのに。

 

だからとりあえず片付けまくって余裕を生み出すためにも...

「間違ってたっていいや」

と開き直っているのだろう。

 

こういうのを...「恥も外聞もない」と言うのかもしれないけれども...

 

案外楽だ(笑)

あんまり考えなくていいので。

 

そしてその分脳みその空き領域でも増えているのか...

逆に、

作業(思考)の領域が広範囲になっている気もする...

 

そもそも...

「人のことを考えている」がご自慢の生き方の方々の御不満は...

「こんなにもあなたの事を考えているのに」

だ。

 

そんなにも「自分の考えること」に自信を持たれると...

けっこう迷惑な場合も多い。

ってことに気が付かないんだろう....なぁ...

 

そういう鬱陶しいラベルを貼られるよりは...

片付け魔の方がいいかな?