自分で言うのもなんだが...
本当によく仕事をするようになった。
人との比較は正しくないかもしれないので、あくまでも「過去の自分」に比べて。
別に望んだわけでもないし、前向きになったわけでもない。
ごく自然...というよりも、いつの間にかここに追い込まれた...カンジ...で(笑)
かつては「遊びの方」を重視した、いかにも...の”5時から男”だったので、仕事嫌いではなかったけど...
「仕事ばかりの毎日」にはならなかった。
なので政治家の政策秘書のような365日24時間滅私奉公型の仕事は信じられず...
「なりたい職業」から一番遠い存在だったんだけれども...
こんなに仕事だらけの人生になっているならば...
いっそその方が頑張り甲斐もあったかな?と思えるほど。
それでも案外嫌じゃない。
多分...新鮮なんだと思う。
そんなにも頑張っていなかったので(笑)
職業変わったわけでもないのに...見えてる景色が違ってきたかのようで。
意外なことがたくさん起きた。
仕事が忙しくなると...自分の自由な時間が奪われて...もっと嫌かな?と思っていたけれども...
案外”逆”で、「もっとやれるかな?」になってくる。
もちろんそれは簡単じゃないけれども...
「どうしたらもっとやれるかな?」
ぐらいは考えるようになり...それが習慣というか...クセにもなってくる。
「予習・復習」なんて...気持ち悪いほどの「勉強マニア」の領域だと思っていたけれども...
似たような習慣を必要としてくる。
本場の仕事...のための...”準備”だったり”スケジューリング”だったり、”反省回顧点検”だったり...
それらが多すぎて頭に入らなくなると...書き出してのメモにしたり...と。
本仕事以外の作業の増えたこと。
でも...それによってたしかに...「漏らさずもっとこなせるように」なっている。
テレビも新聞もネットも見る時間はかなり減った。
というか...もう丁寧には見ていられない(笑)
なので、生活のリズム自体がいつも急いでいるようになって...
そのデメリットというかリスクは痛感しているから...ここでも頻繁に書いている。
「焦らない」「急ぎ過ぎない」
は、毎日、毎分のように自分に言い聞かせる言葉になっている。
以前、かなりマッタリした生活だった頃...
頻繁に「癒されたいなぁ...」と思っていて...
「癒やしの場」も積極的に開発して
しょっちゅう癒されていた...
にもかかわらず...もっと癒しを...もっともっと癒しを...の...
結果「癒しまみれの生活」になり...一体どこで頑張っているのやら...
だったから...
癒やされているのに...何故か不安がぬぐい切れなかったのは...
本当の自信やら、開き直りやらが無かったからかな?とは思う。
癒やされる...ではなく...怠け切っていた...ということを...一番知っていたのは”自分”なんだろう。
もちろん今もそこまでの自信はないけれども...
これ以上頑張れと言われてもだね...
という状態ぐらいにはやっているつもりなので...
「ふとんに入れば30秒」
で寝てしまうんだろうとは思う。
大体毎日もう...「これ以上は考えられない、作業出来ない」ぐらいになってふとんに入っている(笑)
かつての...「やれば出来る子」は...
「やってみたらば大して出来なかった」ので...
観念して...
「毎日目一杯やるしかないのか」
と。
その自分設定の努力の”上限”も低いんだろうけど...
「ま、やるだけやってるんで、これ以上は頑張らなくてもいいかな?」と...
安心して眠っている。
もちろん朝まで起きることはない(笑)