小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

高校時代

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いい歳こいて...

ゲボが出るほど忙しい。

 

今、仕事、終わり。(昨夜)

どのみち遅いので...ついでなかなか書けないブログ書いておこう。

 

その...高校時代の同級生には...

友達は一人もいない。

いや、正確に言うと卒業していない友達が一人だけ居る。

 

けど...”知り合い”はむしろ多い。

ほぼ全員知っているかもしれない。

上級生も下級生もたくさん知っている。

 

でも多分...ムコウだって友達とは思っていない。

 

もともと入学した瞬間に(やめようかな...)と思ったぐらいだったので...

そのことへの後悔も全くないんだが...

ずっと不思議だった。

小・中も大学も社会人もアルバイトでさえ友達になった人は少なくないので...

別段悲しくもないけれども...

(どうして高校に居る人達とは馴染まないんだろう?)と最初っから不思議だった。

 

”トモダチ”のようなフリしているので、同窓会やらもお声もかかる。

そして断るのもなんだか悪いので、一応出てみる。

二次会なんかにもお付き合いする(笑)

 

その時は、なんだか盛り上がる。

が、それも長きにわたる社会人生活の賜物のようなものなので...次の日には...

やっぱり...(そこまで付き合わなくてもよかったかも...)

ぐらいになっている。

 

だから...同窓会以外での付き合いは全くない。

 

高校時代の一番のオチコボレの自分が言うのもなんだけど...

合格発表の喜ばしい光景には...「ハーメルンの笛吹きの子供達」が重なった。

 

そんなのどうしてだかわからない。

同級生の皆さんにも失礼なんだけれども

先生方にも失礼なんだけれども

(ここに染まるなよ)

のような”思し召し”を感じてしまったわけだ。

 

それに頑なに忠実だった...ということでもない。

いや、(そうであってはいけない)と、逆にこれでも”馴染もう”と少しは努力したぐらいだ。

最初は拒否していた部活にまで入り(嫌だったのに)、表面上は麻雀だ、なんやかんやと普通の高校生の”仲間”として過ごしたはずだったんだけれども...

一部を残してほとんどはっきりした記憶もなくなっている。

作り物の行為だったからか...

 

そしてもう何十年も経ってからの同窓会にもご丁寧にと二回出てはみましたけれども...

その光景に...

正直...(やっぱり馴染まなくてヨカッタ...)とむしろ安堵してしまう...

 

先日偶然にNHKの「ひきこもり先生」を見た。

いじめられている光景を見てヒキコモリ先生は泣いていた。

泣いて...「ガッコウなんか....来なくたっていいんだ」

と力強く言っていた。

自分はヒキコモリではなかったけれども...

少なくとも...”太陽に向かってみんなで走ろうとするような高校の同級生らの光景”よりは...うんと共感する。

 

いろいろ語弊を生みそうなところなので断定はできないけど...

「社会に出なくていい」

「社会と交わらなくてもいい」

とは思わない。

それにはやっぱり不幸の種を感じる。

 

が、その社会に出るために...

”学校”が邪魔になるのなら

”教師の導き”が信頼できないなら

同級生と”馴染めない”なら

そんなに熱くなることもなく

ムキになることもなく、

重く考えることもなく、

...学校なんて別に行かなくてもいい

とは思う。

 

お恥ずかしながら私、オヒキコモリ様とは違って校外活動が忙しかったがために(笑)...2/3ぐらいしか登校していないと思うんだが...

そこを後悔することもしたこともない。

 

いや、むしろその間同級生様達は似たような年齢の方々と”幅広く交流した”だとか...教室や運動場や体育館での活動を

”中学校とは違って少し大人になって”などの体験だと思っているのなら...

私の虫ケラのように扱われたクズな体験でさえ...

逆立ちしたってわからないと思う...(ま、クズ過ぎてわかる必要もないのだろうけど...笑)

 

そう、ある意味”貴重”なんだろうと...

...ぐらいには思うようになっている。

ものすごく恥ずべき体験でも(笑)

 

先生方には相当に怒られてきいたけれども...

でも...そもそもが...教師になるわけでもないのに...

どうして教師の人生観なんかに従わなきゃならないのさ...と

それは小学校の頃から自信を持って確信していたので、不安にもならなかったし(笑)

 

この歳になってみてさらに不思議なのは...

むしろその”予感”は当たっていたかな?

と思うから。

 

あまり...平均的な学校生活を送れること、送れていることを”幸せ”のようには言って欲しくない。

それは同時に...平均的な学校生活を送れないこと、送れていない場合を...「不幸だ」(場合によっちゃあ失格者だ)と”決めつけている”ようにも感じるから。

一体誰の基準?何様からの判定?

 

百歩譲ろう。

その判定者が...今になって...

「お前はいいよな」

って言うなよな。

散々否定していたくせに。

 

三年間従順に学校生活送れること、送れたことは...勝ち組?であることの要件?

 

大した勝ち組でもないくせに...

あまりにもそれを勝ち誇られることは...気持ちが悪いのだ。

学校に全然馴染めず、結局”中卒”でも、現在うんと活躍して、もっと人のためにも尽くしているヤツを知っている自分からすると。

 

ともかく...ドラマの中だけど...

ガンバレ

ヒキコモリ先生。

 

学校なんか行かなくても幸せは手に入れられる...よね。

私もそう思う。

通り道が違うだけ。

たかだかの手段やルートの違い。

それぞれに合った好き勝手な道を選ばれるのは...

大人が面倒臭いから嫌がられているだけなのだ。

コロナへの対処と一緒。

”一緒くた”にすぐしたがるでしょ?

「効率いいから」とか言っちゃって。

人間は生き物なので、人間に都合の良い饅頭じゃない。

仕切りにきれいに収まるサイズや形じゃないに”決まっている”。

”野生”なんだから。

それを都合で”みんな”一緒に揃えたがるならば...

そりゃあ病気にもなってしまうぜよ。

窮屈過ぎて。

 

我慢は必要?

一生懸命になれないことに我慢して一生懸命になろうとするのは必要だと思うけど...

「みんなと同じペース」だとか

「みんあと同じ方向に」に揃えることへの我慢って...一体”誰のため”に必要?

 

う~ん何故かスッキリしてきた。

もう行かなくていいな。高校の同窓会は。

 

この調子で...

ゴルフもスッパリおさらば出来るといいんだけどっ。(笑)