小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

壊れた体で泥船を漕いでいる

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本音では「認めたくない方針転換」なんだろう。

ブログへの記述はして来なかったものの....似たような”方針転換”は頭の中にこれまでも何度も浮かんでいたはず....

だけど消えてしまっていたのは...

少しばかり良い兆候が出たり....平穏な日々が続いたりすると....「方針転換なんてしなくたってやっていけるかも?」....

いや、「できれば方針転換なんてしたくもないし、面倒臭いので、元のやり方のままで」という”過去の郷愁”に引き戻されていたんじゃないだろうか.......

 


が、その結果は2年半の堂々巡りだ。

 


もう一度それを繰り返すなら....

今からの2年半後の後悔は計り知れないものになると思う。

 


さすがにそれは嫌なので....具体的に何をやったら良いものなのかはわからないものの....

とりあえずは小さな作戦や小さな心構えの確認だけでもささやかに進めて行こうかな?とか....

 


堂々巡りを繰り返さないようにまずは自分に忠告する。

とにもかくもうお前の肩では通用しないということ。

「力一杯投げればひょっとしたらばもう1、2回ぐらいなら結果が出せるかも?」はもはや過去への未練。

その”通用しない一球”のせいで「残せたはずの未来も失う」ことまであり得ることを認識すること。

 


自分のレベルでそんな格好の良いステージに立つことを想定するなど妄想も甚だしい。

 


.....勝ち負けもつかない。

年俸も下げられる。

敗戦処理でしかない。

....そんな役割であったとしても.....一日でも長く現役を続けられるだけで....有難い身分なんだと。

 


稀勢の里の引退の時に....

「潔さ」を求める声も少なくなかったんだが....

こまでの人生でも横綱どころか幕内にも入れなかったショボイ人間のくせして....

そんな格好つけたプライド見せようって魂胆は....かろうじて残っているローソクのような希望の灯を自ら消すことになるんだと。

名も無き一庶民ごときの自分がそのような格好をつけることが「本当の潔さ」なのか?考えた方がよい。

映画の主人公でもないくせにうぬぼれるな、ということだ。

 


かといって....生きて行く上で努力の必要が無くなることじゃない。

そういった都合の良い身軽さは与えられないだろう。

ただ....努力は....剛速球を投げられるようにすることばかりじゃないということ....

道端のゴミを片付けるのも努力

文字をきれいに書こうとすることだって努力

 


う~ん努力すら....

いい格好をするための努力にしか目線が向いていなかった気がする。