自分は長い間6割の出来栄えでは満足出来ない人間だった。
いや、今も偽っているだけで本当は6割の結果では満足出来ていないと思う。
だから本当の6割の出来栄えで満足出来るの人の心境はわからない。
が、その6割の出来栄えで満足する奴は居た、居る。
「もっと良い学校行けるのに出来るのに...なんであんな学校に進学したんだろう?」
そんな奴。
聞いてみるなら...案外アッサリと...
「近いから...」
なんて言う。
自分は受験には失敗したけれども...
内心は....(自分の能力よりも高いところに入りたかった)奴。
社会に出てからもそう。
失敗し続けているが...
”自分の能力よりも高く見られる場所”に居たい人間。
...あっ、だから失敗し続けてんのか?
に対して....
もっとやれそうなのに....そいつのレベルからしたら全然高望みをせずに十分に満足した顔の奴が居る。
手を抜いているというわけでもない。
高望みはしていないというだけで...日々の努力を怠るわけでもない。
そしてそいつらはそれでも結構幸せそうだ。
一方....「俺はこんなはずじゃない」「こんなことをしているべき人間じゃない」」
と毎日不満に思っている奴もいる。
6割程度の結果はきっと出せていると思う。
が、6割の結果じゃあ不満足なのだ。
”もっとできる”はず。
”もっとやれる”はず。
といつも、毎回不満なのだ。
そういうのを向上心というのかもしれない。
そして”やりがい”につながっているのかもしれない。
が、運用方法を間違うならば....
6割に終わっている毎日が楽しくない。
ということにもなる。
不満や不服を溜め込んでいる毎日なので...排気ガスからは異臭も漂っているんだろう。