小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

幻の自信

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”自信”なんて...「言われるほどに」実は大して要らないと思う。

”根性”とか”熱意”と同音異義語かもしれない。

 

いかにも「ここぞの時」に役立ちそうな言葉だけれども...

そういう”言葉”がお好きな人は...大体において...

肝心な時には”ソコ”に居てくれない。

 

一体何処に行ってしまうのだろう。

 

「自分の中」でもそう。

”自信”や”根性”や”熱意”は...

「調子の良い時」はやたら活発なくせして...

緊迫した場面になると...

急に何処かに消えている。

 

「投資」の世界を東北大震災や新型コロナ感染と一緒にしちゃあいけないのだろうが...

ミニマムなシュミレーションにはなる...と自分じゃ思っている。

 

了見狭く、幼稚な自分には...「現実的な金(かね)を失うという恐怖」を通して...

「それでも自分じゃどうにも出来ないこと」の...疑似体験が出来ている...と思っている。

別に...しなくてもいいんだろうけど...

 

逆もある。

「あぶく銭」で金額の数字が増えているだけのことを...

”能力ある人物”であるかのように舞い上がる。

 

併せれば...動揺しやすい幼稚な人間性...ということか...

 

ウォーレン・バフェットさんやら孫正義さんやら村上世彰さんらには...

「自分じゃどうにもならない」世界とは思えていないのだろうけど...

自分では、やっぱり「どうにもならない世界」だ。

 

順調な時には...これでも「気を引き締めている」つもりとしているが...嵐に巻き込まれて初めて「浮かれていたな」と思い知る。

嵐に巻き込まれている最中には...「前向きで、計画的で、計算通りなのだから簡単には揺るがない自信が身についてきた」と思っていたことが、いかにもろい自信だったか思い知る。

 

「自分じゃどうにもならない」場面だからこそ...

「自分のもろさ」「自分の愚かさ」「自分の力の無さ」を思い知る、わけだ。

 

ある程度姑息な能力が身について来ると...

「自分の都合の良い方」に思考を寄せられるようになる。

それで”自信”を創出しているんだろう。

 

割と幼い頃からその作業は得意だったようで...

結婚するぐらいまでは、ズーッっと意味不明な自信を持っていた。

というか...自分で作り出した”自信”で自分を守っていたんだと思う。

 

が「自分じゃどうにもならない」場面では...

そんな”ニセモノの鎧”は簡単に剥がされる。

裸の自分が「いかに情けなく」「いかに無力」であるかを思い知る。

 

それで...

いいんだと思っている。

 

自分で作り出した”自信”なんて....

自分で自分に言い聞かせている「言い訳」のようなものなので(笑)

 

本当の自信なんかじゃない。