小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

選手を応援する前に

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最近何処かで目にした。

 

多分オリンピックのことだろうけど...

「国民には”感動を”!そして我々官僚と政治家には富を!」

 

ま、そんなことはどーでもいいけど...

他人様が...好きで、得意に、やっていることを、自分のブログさえ書く時間もない自分が...

どーして応援しなきゃならない。

もう一つ

どーして感動しなきゃ非国民?

 

応援するも自由。

見るも自由。

 

若かりし頃は人生経験少なくて...「応援したい人」や「感動させられる人」が身近に居なかったんだろう。

テレビというものも恐ろしい勢いで普及していた時代でもある。

オリンピックのみならず、ワールドカップなんかにも熱狂した。

 

が...「日の丸なんとか...」「〇〇ジャパン」という誰が考えたのかわからないフレーズが流行らせられてきた頃からそういったコピーの作者の意図とは別に...

魅力は色褪せていった...

スポーツ技術の向上には関心があるけど...彼らは別に”戦士”じゃない。

 

にもかかわらず、事あるごとにヒーロー、ヒロインは続出した。

そして本業リタイヤ後はひっそりと...おごそかな人生を営んでおられる...なら、それも達人と尊敬しただろうけど...

本業とは無縁の政治家や特別公務員になっていたりすると...

(そこはそこで貴方方のスポーツへの努力同様”人知れず”目指していた人も居ただろうに...)ぐらいは思うようになる。

 

そんな権力を味方にした幸せな人生を送れる人をあえて...

応戦したり、感動する...必要はあるの?

その人達の人生からは遠く離れたところで、目一杯やっていても、さえない”自分の”人生なのに。

 

オリンピックを見ちゃいけない。

応援もしちゃいけない。

なんて思わないけど...

その前に...

誰も応援してくれないまずは自分を応援してやらなくちゃいけないかな?

とは思うかな?