小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

戒め十番 庭仕事編

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積極的に目指しているわけじゃないんだけど....

どうせ”孤独な老人”に向かっているのだろうから....

あれだけ嫌だった庭仕事とて、やらないわけにはいかないのなら、”良い方向”に考えたい。

 


誰も手伝ってはくれない。

手伝おうともしない。

かつてはそれに不満も貯めたが....

今は絶対に口にしないようにしている。

口に出したところで、ロクなことにはならないから。

 


これぞ「諦めの境地」

 


かつては「諦めの境地」はみっともないものだと思っていた。

相手がどれだけ抵抗しようとも、正しい方向に導き、従わせることが、説得であり、人望であり、能力だと思っていた。

なので、出来る限り諦めず懐柔に努めたものだが....

 


無理なものは無理。

嫌なものは嫌。

 


なのだ。

家族とて。

女房とて。

人間は。

 


それを愛情と絡めるならば、相当にややこしいことになって....もはや家族など愛情が無い方がやりやすくなってしまう。

なので全て省略。

家族でさえそうなのだから....人間関係においての強要なんてすべて省略。

 


もちろん常識的な社会人なので、「何てことない顔」は作っているが.....内心は....

「ま、嫌なら好きなようにやってくれ」

だ。

 


それでいいのだ。

それが一番スムーズに行く。

 


そして最近はそんなスムーズさも気に入っている。

そのスイッチは

「しょうがない」だ。

 


諦めちゃいない。

「他人をアテにせず、自分でやるしかない」という決意のノロシだ(哀)

 


庭仕事はその最たるもの。

毎週のように

「しょうがない。さあ、やるか」となるだけのこと。

 


まずはその”諦めの境地”に毎週諭してくれるのが「庭仕事」だと言うこと。

 


結果一人でやっているので当たり前なんだが....

その庭仕事で起こる事態は誰のせいにも出来ない。

どれだけ疲れ果ててしまおうとも

腱鞘炎になろうとも

用具を失おうとも

大切な木を枯らしてしまおうとも

手入れを怠って生え放題になってしまおうとも

 


やり過ぎる努力のツケまでも....全部....

自分のせい。

今ある庭の姿は全部自分のせい。

それをビジュアル的にわからしめてくれるのが庭。

 


いわば自分の面倒臭さや、手の抜き加減や、雑なところや、雑念が

見事なほどに現れるのが庭。

それはある意味修行の場。

 


そう、最近じゃあ庭に出る際は道場に入るような神聖さを感じたりもする。

まあ当たりまえだが、相手も生き物なので

木霊みたいなものもあるんだろう。

 


....ビルのジャングル育ちからの反発で

プチ田舎暮らしをと切望して手に入れた庭なのだ。

今じゃ床面積や駐車場にもっと面積取るべきだったと後悔しているけど。

かつては....一生の夢であって苦労して手に入れたのだ。

今更””面倒臭い”は無責任だろう。

 


自分の最後の友達が....庭になるかもしれないというのに....

 


ということで.....

昨年よりは多少マメにやっているだろうか?