小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

実は...「ゴール」なんてしていない



 

話が混沌と彷徨っているのは...

「過去からこれまでの反省」と

「それに呼応した未来の生き方」の模索の

二種類の思考が混ざっているから...

も、あろうけど...

一番の障害は...自分が良かれと思って名付けた「ゴール」という”境目”のようだ。

 

正直...「ホットしたかった自分」が居るのだ。

がんばり続けるのが嫌で、どこかでキリをつかたかった。

「もう頑張らなくてもいいよ」と自分に言い訳のできる人生に移りたかったわけだ。

 

が、現実の人生に「ゴール」なんてあるわけなく、というかやっぱりゴールは「死」なので、死んでいない限り「ゴール」なはずがないというもの。

そりゃあ話もおかしくなるということ。

 

もう少し自分を正直に表現すべきだろう。

野球選手で言うなら現役引退をして...

「なんになろうか?とりあえず解説者?」

そういうことだろう。

 

芸能人で表現するのは難しいけれども...

まあ主役を張っていた俳優なら...

年齢的にも無理が出てきて...バイプレイヤーへの転向?

それとも全く別の道?

 

そういうところなのだ。

ゴールとは違う。

現に働き続けているので。

 


たしかに、”節目の状況”としては、さほどに悪い結果ではないし、辛い状況でもない。

想定していたよりはまあまあ上々だ。

 

それが悪いことではないし、自分も「いつかは」と思っていたことなので後悔もないんだが...

ちょいと気が緩み過ぎて...ここから先が無計画になり過ぎていた

ってことなんだと思う。

 

少し考えて見るだけでも...決して万全じゃない。

ロシアがウクライナに侵攻しただけで、大きく揺らぐ相変わらず”小舟”のような人生なのだ。

これからの努力次第どころか...油断で大きく凋落する人生になるかもしれないのに...

 

そんな程度の次元を「ゴール」

なんて言ってしまえるほどに

緩み過ぎていた(いい気になっていた)

ということなんだろう。

 

まさに父親とクリソツだ。

相変わらず。