小舟からⅡ

小舟から...鉄の斧...緊箍児...そして...小舟からⅡ

すべての親が正しいわけじゃない

 

 


ずっと親のことは嫌いだった。

理由もよくわからなかったけど...

 

....が、それは違うと思うようになっている。

「親が嫌い」などと言うこと自体を日本の道徳や風習では許さないからだ。

幼心にもそれがわかっていたのだろう。

だから...「口に出してはいけないこと」

として自分にも黙殺していたのだ。

”理由”は自分の脳裏の奥底の....

簡単には引き出せないところあたりに隠しているんだろう....

 

独立して生活するまでは支えてもらったのも事実。

だから人並に恩義も感じているし、迷惑をかけたとも思っている。

それも事実。

そこは否定しないし、したくもないと思っている。

 

だから...日本の一般的な流儀として...「好きじゃない理由」は黙殺し、「話せないもの」としてきた。

 

親の話すジョークや冗談やを笑わずに...殴られたこともある。

自慢話に反応しないだけで...なじられ馬鹿にされることも日常だった。

別に...

「愛して欲しい」とか...

「優しくして欲しい」とか...

「褒めて欲しい」...

のように甘ったるい感情なんて...小学生になる前から期待しなくなっていた。

 

そう、小学生になる前に、ちょっとした病気になって....

麻酔がかけられない手術を受けたんだけれども...

家族は...仕事でも忙しかったのか?...

誰も来ずに...

就学前の子供のくせに...

病院で一人で待って、一人で手術を受けていた。

 

そういうことに対する恨みもなければ、期待も無かったんだが...

だったら....

「もう俺に構わないようにしてくれないか」

とは思うようになっていった。

 

そんなところから...

自ら望んで小学校4年生の頃から...

父母の仲の悪い祖母と二人で暮らすようになった。

 

だから...「好きだと思ったことは一度もない」とどうして正直な気持ちを言ってはいけないのだろうと。

非難すりゃいいじゃねえか。

みんながみんな平和な家庭じゃないだろうし、優れた親ばかりでもないはずなんだし。

理想ばっかり押し付けずに...

「事実を認めろよ」と。

 

親同様ズル賢い大人達は...

「大人になったらわかる」

と説得した。

 

その通りだった(皮肉で)

子供の時に見た光景なんざまだまだ「ぬるいわ」というほどに...ズルく、姑息で、妬み強いヤツだった。

その尻拭いをどれだけしてきたことか.....

 

「親は当たり前に子供に優しいし、目に入れても痛くないものだと大切にしている」

が...全ての”親子に当てはまる”なんて定説が...

多くの子供を不幸にしていると思う。

 

「親のことに関しては」...正直な感想すら言えないほどに心に圧力を受ける社会構造になっていて...

被害者なのに「親不孝者」と非難されることに怯える構造なのだ...

いや、むしろ、それは”親とは呼べないような鬼畜”であっても、うまいこと立ち回るなら....みなさんと同じような立派な親として...

庇うようなシステムなんじゃないのか?と...

 

そういう中では自分はまだマシな方なんだと思う。

だから弱音なんてないんだが...

もっとヒドイ仕打ちを受けている子の

「本当の気持ち」

ぐらいは...正直に言える世の中であって欲しい...